泣き笑い道化師

□みんな、君がお気に入り
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「私と付き合ってください!」

兄妹達と会話を交わして家を出た直後、いきなり自分に向けて差し出された手紙に、自分は目を丸くして徐にそれを受け取った。
彼女は此方の顔を見ずにただ、真っ赤になって逃げるように去っていく。
ぽかんとしてその背中を見守っていれば、一連のやり取りを見ていた兄弟がにやにやと自分を見て両肩を叩いた。

「陽介、なんだお前も隅に置けないなぁ……ん?」
「なんかいい娘そうな子じゃないか…うん、ちょっと寂しいけどああいう子なら陽介にお似合いかなー。」

おいおいお前らなんだよ一体。
いやらしく笑う双方に自分はむっとしながら左右に視線を向けて、鬱陶しげに自分の肩を大振りに揺さぶる。
すると、先に長男の冠葉の方が手を離して自分の頭部を苦笑しながらパンパン叩く。

「ま、どーやらその手紙俺に対してのものみたいだけど。」

と、いつの間に宛名を見たのか自分の手からさっと手紙を奪い取っていく冠葉に、自分はえっと軽く驚く。
同様に何も気付いていなかったのか次男の晶馬も目を丸くして、それからがっくりと肩を落とした。

「なんだまた兄貴かよっ、てっきり陽介かと思ったのに…僕と陽介に謝れよッ。」
「なんでだよ、間違えたの向こうだし。」
「でも紛らわしい。向こうも下向いていたからとは言えど…何回だよこんな事。
陽介だってうんざりしてるよ。」

なあ、と此方に話を振りかけてくる晶馬に、冠葉はむっとしながら同じように自分を見てきた。

「そんな事無いだろ、陽介。啓介は兄ちゃん想いだもんな?」
「いや、幾ら兄ちゃん想いでもいつも自分の立場をスルーされてラブレターを兄貴に渡されている立場に立ったら殺意くらい抱くと思う。な、陽介。

二人から意見を求められて少々たじろぐが、この意見については晶馬に一票だ。
自分は冠葉のほうを見て、この浮気者。と、わざと拗ねたように言ってみた。
すると思わぬ攻撃に驚いたのか、冠葉はうっと言葉を詰まらせてから苦笑して紙を掻き揚げた。

「浮気者じゃねーよ。俺は一人じゃなくて誰にもきちんと平等の愛を注いでいるんだよ、俺に惚れてくれる女の子は皆俺のお姫様だから。」
「最低。」

最悪。

「なんだよお前達は。酷い弟だよな、二人揃って。」

まあ、正直自他共に認める兄のモテっぷりには理解してはいるけれども、やっぱり男として妬ましい部分が半分。
実を言うと先程ラブレターを渡された瞬間に自然と心ときめいてしまったのは事実ではあるのだ。
けれど自分にそんな感情を抱かせた原因はまやかしで兄のものだったと言う事実を認めると、途端に空しくなる。

「ちょっと待ちなさいッ!!!」

はあ、と自分が溜息を落とそうとしたその突然、突如後方からバターンッとけたたましい音が響き渡る。
ぎょっとして一体何事なんだと振り返れば、そこには髪を乱した我が家の左隣の部屋に住む住人、荻野目苹果の姿が見えた。

「私の許可なく勝手に彼女作るなんて許さないわよ陽介君ッ。
貴方にはまず私の恋路を応援してもらう役目があるんだから!」

一瞬で距離を詰めて、自分の眼前に瞬間移動してきたみたいな荻野目に面食らいながら自分はぽかんと呆けた。

…まて、何の話だ。
別に俺達は今そんな話をしていたわけじゃなくて。

「いいえ、デスティニー娘。それは間違いよ。」

荻野目のとんでもない誤解を解こうと自分は彼女を宥めようとする。
だが、今度は自分達の右隣の部屋に住まう、冠葉に熱烈猛烈アタック中の夏芽真砂子が颯爽と姿を現した。
ふわさっと柔らかな茶色の髪を風に舞わせて、何処からともなく吹いてくる風を受けて自らの存在をアピールする。
…ちなみにその風を出しているのは、扇風機を持った彼女のペットであるえす、なんとかと言うペンギンだったりするのだが。

夏芽は切れ目の瞳をきろっと荻野目に向けた。
荻野目はその視線に怯みはするものの、自分の肩を強く掴んで負けじと睨みつける。

「だ、誰がデスティニー娘よッ。」
「彼は貴女の独占物ではなくってよ。
別に彼が誰と付き合おうがどうしようが貴女には関係の無い事ではなくて?」

一瞬勘違いを質してしてくれるものかと思ったが、どうやら話の内容を聞いているにそうではないらしい。
少しばかり夏芽に期待した自分に後悔する。
そして、ややこしい事になったなぁと早朝早々に疲れた。

「わ、私は別に…独占してるとかそんなつもりないし…。
た、単に陽介君が他の女性の世話をするより私の恋路のお手伝いをさせてくださいって言うから!」

いや、言ってない。っていうかいつ誰がそんな事を言った。
冷静に心の中で突っ込むも、そうする前に夏芽の失笑が彼女の言葉を制止し、嘲笑うように口を開く。

「あら、本音は貴女の方が彼に頼んだのではなくて?嫌だわ、自分の失態を男に被せる女って…。」
「なッ……貴女こそッ。冠葉君と近づきたいためだけに陽介君をおとりに使って…見苦しいわよ、そう言う女ッ。」
「っ……わっ、私は…そう言うのではなく、マリオさんの事でも何かとお世話になっているから、…ふんっ。」

涼しい顔を見せていた夏芽が一瞬顔色を変えて、此方にもわかるくらいに目を泳がせる。
それを見てふふんと満足気にするものの、やはりどこか不機嫌な様子で荻野目は自分の腕をぎりぎりと握り締めた。

…痛いんだけど。

だがそんな声も彼女には響かず、ただ眼前の夏芽のみにだけ向けられている。
途方に暮れた自分は兄達に助けを求めようと振り返った。

おい、兄貴達助けてくれ。これこそ二人の管轄だろう。
しかし、目線の先はもぬけの殻で既に忽然と二人の姿は消えていた。
先程まで喧嘩していたくせになんていう息のぴったりさ。
なんていうチームワークのよさ。
なんていう弟を犠牲にして逃げる判断の早さ。
あいつら学校ついたら覚えてろ。絶対に兄なんて呼んでやるもんか。
そんな風に心の中で鬱憤を溜めていれば、にらみ合いを続ける中でカツンカツンと高級そうなヒールの音が耳に響いた。

「あら朝から楽しそうね、皆揃って。」

と、荻野目の隣の部屋から歩いてきたのは今をときめく我が妹憧れの女優、時籠ゆり。

何処をどう見たらそんな事になる。

また厄介な人が出てきたな、と内心で思いながら自分はぶっきら棒に彼女に接する。
時籠ゆりは気にした様子は無く、くすくすと優雅に笑うと自分の近くまで寄って足を止めた。

「これは…話を聞くに陽介君の取り合い?いいわね、若い子達って…」

いや取り合いじゃなくて単に逃げ遅れただけって言うか、逃げ遅れたら話の渦中の存在に去れてしまっただけって言うか。
と、自分が曖昧に彼女に弁解をすると、くいっと此方の顎を上へと持ち上げた。

「折角だから……私も混ざってしまおうかしら、ふふ。」

混ざんな混ざんな。あんた旦那持ちだろ。
っていうかだから違うから。

少々彼女からは引き気味になりながら、あからさまに既婚者お断りオーラを出して断固拒否する。
しかし、背の高い彼女は自分を見上げて余裕そうに笑うばかり。

「あら、政略結婚の間柄よ。身を焦がすような本物の恋はまだ蕾…貴方のおかげで広げさせてくれるなら、…私は、」

「ちょ、ちょちょちょちょーーーッ、ゆりさん!!そそそそそんな馬鹿はゆりさんが手をつけるほどのようなモンじゃ……ッ」
「嫌だわこれだから年増ったら。あらゆる力を駆使して男を啜り倒そうとするものだから手が負えないわ。」

すると、酷い形相の荻野目が時籠ゆりと自分の間に立ちはだかり、夏芽がぐいっと自分のネクタイを力任せに引っ張った。
そのおかげで首が絞まって、ぐぇっと蛙の鳴くような声を出すも、誰も相手をしてくれず。
三者三様に言い合いをするのに夢中だ。
…助かった事には感謝するけど、そうですか、無視ですか女の子達。

「陽介ちゃーん、お弁当忘れてるよ陽介ちゃんってば……。
と、如何したの?」

いいやなんでもない。気にするな。
とりあえずお前は部屋に戻っていなさい、と部屋から軽快な足音で歩いてきた我が妹高倉陽毬を前にして、自分はさっと其方へと逃げ出す。
幸い話に夢中になっていたようで自分を捕えていた手は緩んでいて、脱出するのにもそう難しくは無かった。
第一まだ彼女たちは此方に気づいてないなと安堵して、さり気無く後ろの三人を身体で隠しながら、穏やかを装ってお弁当を受け取る。
妹はきょとんとしながらも、きちんと自分の手に弁当が渡ったのを確認すると朗らかにふふっと花の様に笑った。

「変な陽介ちゃんっ。…あ、あのね、それから聞き忘れちゃったんだけど、今日啓介ちゃんは早く帰ってくるのかな…?」

そう言うと陽毬はふとちらちらと此方を見てやや恥ずかしげに声をかけてくる。
ふと陽毬の後ろからは我が家のペットの一人、三号がにょきっと顔を上げた。

「う、ううん!無理ならいいんだよっ。
でもそのっ……早く帰ってきてくれたら、嬉しいなって……。
お兄ちゃん達はいつも陽介ちゃんより帰ってくるのちょっと遅いから、その分早く陽介ちゃんが帰ってきてくれると……」

……くれると?

そこまで言って陽毬は言葉を区切り、顔を紅潮させたまま固まって俯いてしまった。

「な、なんでもない!あっ、いっけない!そろそろヒバリちゃんと光莉ちゃんが迎えに来てくれる頃だから私も準備しなくっちゃ!
ほ、本当に気にしなくて良いからね陽介ちゃん!それじゃあいってらっしゃい!!」

だが最終的に無理矢理話を切って陽毬は捲くし立てあげる。
そんな彼女に暫しぽかんとしつつも、自分ははっとして慌てて挨拶のみ返した。
一応背中の三号にも軽く手を振って。

しかし…陽毬があんな風に我侭を言うのも珍しいので、早く帰ってきてやってもいいかな。なんてぼんやりと考えた。

「おい、陽介。いつまでかかってやがる。」

…なんだ、お前。居たのか。

と、いつの間にか後ろに立っていたペンギン帽のお姫様に振り返る。
うちの妹そっくりの外見に、分かっていながらも先程妹と逢ったばかりなので驚いた。

「今来たんだよ。さっきお前の兄貴達とすれ違ったばっかりだ。
この帽子を外して顔を合わせたら物凄い形相で驚きやがってな……面白かったので、暫し適当に会話しておちょくってやった。
くっくっく。その時の驚きようったらな……」

またそうやってお前は兄達で遊んで…。
けれども先程の恨みもあるので、彼女の仕出かした事には少し気が清々した。

「さ、陽介。盆暗共に構っていないでさっさと学校へと行くぞ。
タイムイズマネー。時は金なりだ。」

いや、使い方違うんじゃないか?
っていうか荻野目とか夏芽置き去りなんだけど…

「知らん。」

一応は同じ学校である彼女たちの事を思って目をぱちくりさせながら問い掛けるものの、プリンセスは全く聞く耳持たずで一蹴する。
自分の腕を引っ張って颯爽と歩を進めるプリンセス様は後ろの方でがやがやと話を続けている女性連中を丸無視のようだ。
おい、と一応彼女を止めるもやはり少しも気にしない。

「貴様を独り占めして遊ぶ機会をわざわざ他のビッチ共に奪われて溜まるかってんだ。」

…あ、やっぱり俺でも遊ぶ気なのね。

◆こんな如何でも良くて馬鹿らしくて愛しい毎日

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