泣き笑い道化師

□可愛いは正義?
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「なんでお前此処に居るんだ?」

バイトから帰って来て帰路についた陽介が、家先でまず目にしたのは丸っこくて太くて可愛らしいようなペンギンの姿。
頭の裏に白いペンで2と書かれたペンギンは家の前でちょこんと座りながら、無機質な瞳でずっと虚空を眺めていた。
だがそれを発見した陽介が現れた途端、ぴくっと動きを見せたペンギンは素早く陽介の方へと振り返る。
そしてすっくと立ち上がって一目散に彼の方へと駆けて来た。

本来ならばこのペンギン。実はひまり達兄弟たちだけにしか見えない生物のようなのだが、何故かこれは陽介の目にも映るらしい。
それを彼らもわかっているのか、時折一人が脱走して陽介の元に何の前触れもなく遊びに来る事があるのだ。
それがこの、通称二号だ。

「…別にいいけど、お前のご主人様困らないか?」

果たして、晶馬がご主人様と呼べるのか分からないが。
ちょこちょこと動きながら自分の足元を廻る彼に、苦笑しながら問い掛ける。
ペンギンは首を傾げた後、またパタパタと大きな足を上下させて動き出した。
参ったな、と内心陽介は思いながら頭を掻く。
何度も何度も此処に来ているため、恐らくご主人である昌馬達にもこのペンギンの居場所は此処だと分かっているだろうが、一応連絡をしてやらない事には気がすまない。
特に昌馬の事だから、もしかしたら焦って気付かなくて探し回っているとも限らないし。

ちょっとごめんよ、と足元をうろつく彼を少し大またで跨ぎながら、玄関の鍵を開ける。ガチャガチャと何度か鍵を回してドアを開け、先に彼を中に入れる。

「どうぞ。」

ペンギンは頷く事無く、たたたと中へ駆けていった。
自らも靴を脱いで、中へと足を踏み入れる。すぐに電話をかけようと今に向かうが、その前に買ってきたお惣菜やら野菜やらを冷蔵庫に入れなくてはと、キッチンへ向かった。

「…お前、またなにしてんの。」

すると、お先にそこに滞在していたのはペンギンの方で。彼は陽介の冷蔵庫にぴったりとくっ付いていると、物欲しそうな瞳でじっと此方を見つめてきた。

「ああ、悪い。冷蔵庫の中今日なにもないんだ。…えっと…」

がさがさと手に持っている買い物袋の中を探り、買ってきたばかりのお惣菜を開けてテーブルに置く。
有り合わせしかないけれどと言いながらペンギンを抱き上げて、椅子に座らせた。

「それやるから、ちょっと待ってろな。あ、でも全部食うなよ。俺も食うんだから」

とりあえず使えと予備の自分の箸を前に置いてやれば、此方の話が聞こえているのか否か、ペンギンは素直に箸を使ってお惣菜に口をつけ始めた。
それを見守って、大人しくしているうちにと今度こそ電話をかけに向かう。
…出来れば冠葉以外が出て欲しいななんて心の中で緊張しながら、居間の電話に手を掛ける。
もしかしたら愛しの彼女が出るかもしれないなんて気休めの期待を胸にしながら、呼び出し音のコールを聞いた。

「…もしもし?」
「あ……か、かんば…」
「……ああ、陽介か。なんだ。」

嫌な予感が的中した。と、電話口に出た声を聞いて即座に察しながら、陽介は軽く恐縮する。
少し間を開けてから、ため息混じりに向こうが低く訊ねた。
慌てて陽介はおずおずと用件を言えば、「やっぱりな」と言う声が返ってくる。

「帰ってくる途中までは一緒に居たんだが、駅から出たら居なくなってた。」
「え、…あ、ああ、そうなのか。…しょ、しょうまは?」
「今は居ない。けど多分もう直ぐ帰ってくるだろ、その時晶馬を迎えに行かせるからそれまで頼む。」
「…お、おお。」

意外にもその声にはいつものような冷たさや拒絶はなく、陽介は面食らいながらもホッとした。
気後れしつつもきちんと返事をすれば、「じゃあな」と素っ気のない別れの言葉が振ってきて、すぐに電話は切れる。

「あっ、」

…せめて、今ひまりどうしてるか聞けばよかった。

自然な応対の彼に驚いて、うっかり大事な事を聞きそびれてしまった。と、陽介はがっくりと肩を落とす。
だがすぐに、かんばにひまりの事を聞くのは下手すれば火に油を注ぐかもしれない事だったんじゃないかと思い直して、身を立て直した。

「…ま、いいや。ひまりの事はしょうまに聞こう。その方が安心だし」

言いながら、とりあえず彼が来るまで面倒を見ることになったおちびさんの様子を見に居間へと向かう。

だがすでにそこに食べ物の姿はなく、残っているのは悔い散らかされた容器と、冷蔵庫に入れ忘れた野菜総てが入っていた空の買い物袋のみと、寝転がっているペンギンの姿だけだった。
げふっとげっぷをしながらごろごろと丸い身体をフル活動させて転がっているペンギンに、軽く脱力する。

「お前…食うのはえーよ…。」

っていうか、俺も食うからって言ったよね…?俺の食うもの何もないんですけど。

なんなのこいつら。本当になんなのこいつ等。
得体の知れない彼らの正体が非常に気になりながら、陽介は溜息をついてその頭を自然と撫でた。

「まあ、なんか可愛いからいいか。…起きたらお礼になんか作ってもらお。」

晶馬に。

◆よくわからんけどなんか和む

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