泣き笑い道化師

□只今、所有物確認中。
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その日たまたま自分が作った漬物を手に、陽毬の家を訪れた陽介は、入り口で調度帰ってきたばかりのお目当ての彼女と遭遇した。
買い物袋を片手に、妙に慌てた様子で駆けて来た彼女。
その隣には御馴染み、あのリボンをつけたペンギンもご一緒だ。
陽介は陽毬の声を背後から聞くなり、いつも通りに声をかけようとすぐに振り返る。
だが、なにやら彼女の様子が可笑しいのと、二人、もとい一人と一匹の他になにやら別の人物が居る事に漸く気付く。

そして、その人物が何故か茶色の液体塗れになっている事に暫し固まった。

経緯はよくわからないが、とても黙ってみていられる自体ではないと判断し、まず慌てる陽毬を落ち着かせた。
とりあえずその汚れを落とさなければというわけで、高倉家の風呂に入れようとするも、「お風呂まだ沸かしてない!」と気付いた陽毬が玄関で足を止める。
眉を下げてあわわと口元に手を当てる彼女、それならと陽介は既に沸かしてあった自分の家の風呂に彼女を通す事を提案し、そのまま彼女を家に連れて行った。

「汚いけど、まあ…とりあえず上がって。」
「あ、いえ…」

途中、近道の為にキッチンを通ってその中の汚さに自分ですら苦笑しながら、彼女に詫びる。
彼女は陽介の家の中をじっと見た後に、直ぐに慌てて顔を背けて俯いた。

「あ、シャンプーとかリンスは好きに使ってくれていいから…後、タオルは俺のだけど此間買ったやつでまだ新品だから安心して使って」

それと…と、思いつく限りの事を説明して風呂場へと案内すれば、なにからなにまですみません、と淑やかに謝られた。
陽介はそれにきょとんと目を丸くし、直ぐに照れて僅かに頬を染める。

「いやいやいや、気にしなくていいよ。」
「でも…」
「大丈夫、困った時は仕方ないしね。
あ、そうそう。さっきの続き。君がお風呂上がるまで俺暫く外に出てるから、」
「そ、そんなそこまでしなくても!」

流石にここまで優しくしてくれる相手を警戒していないと女の子は首を振るが、陽介はあははと笑って「俺が単純に向こうに行きたいだけだから」と告げた。

「…ありがとうございます。」
「いえいえ。」

てっきりその啓介の発言を単なる自分への親切だと思い込んだ少女はぺこりと小さく頭を下げて、風呂場の戸に手を掛ける。
ゆっくりしてていいから、と陽介は微笑み、その場から立ち去ろうと背中を向ける。
すると、あ。と突然声を上げた彼女にきょとんとして振り返った。

「あ、あの…厚かましいんですけどくれぐれも、持ち物除かないでくれますか?」
「え?」

普通、こういう時は風呂を除くなと言うものだが何故に持ち物?と、陽介は首を傾げる。
だが陽介の反応を待たずに「そ、それじゃ失礼します!」とぴしゃりと風呂の戸を閉めてしまった為、その疑問を聞けなかった。

どういう事だろうとは思いながらも陽介は対して気にせずに、彼女に言ったとおり家から出て陽毬の方を見に行こうとする。
だが、既に陽毬は自分の家の前に立っていた。
すると、此方の言葉を待たずに顔を見るなりずいと近づいてくる。

「下着は私の貸すから、先に下着だけ置いてってもいいかな?」
「あ、うん。」

それじゃあお邪魔しますとにこりと微笑む陽毬は、ずんずんと陽介を押しのけ中へ入った。

「ひまり!風呂場は…」
「わかってるもん」

一応彼女に風呂場の場所を説明しようとすれば、陽毬は少しむすっとしたように曲がり角を曲がって消えた。
そして、少しして帰ってきた彼女が「ほらね」と此方にえへっと笑ってくる。

「陽介ちゃんの家は、ちっちゃい頃遊びに来た時から良く知ってるんだから」
「…流石ひまりさんで。」

今にもえっへんと胸を張りそうな彼女が無性に可愛くなって、陽介はやや表情を緩める。
すると、陽毬は自分の手を引いてほら行こうと先に家へ向かって歩き出した。

それにしてもあんな可愛い子がカレー塗れになるなんて、世の中理不尽だな、などと陽介が思っていればむうと頬を膨らませた陽毬が、顔を覗き込んでくる。

「…陽介ちゃん、もしかして浮気?」
「えっ」

予想外の彼女の発言にすぐさま、違う違うと首を左右に振って否定する。
だが彼女の顔はそう簡単に戻らず、寧ろタコのように口を尖らせたままだった。

「いや、違うって。そういうんじゃないって」
「自分から女の子を家にあげようとするなんて…私でもされたことないのにっ」
「(そんな事したら俺が冠葉に殺されるから)」

心の中でそう告げるも、それは現実に声になって彼女に届くわけもなく、陽毬は何も言わない陽介に「陽介ちゃんにもかんば菌が移ったんだ…」としゅんとした。

「ちょ、なにそのかんば菌って!?」
「しょうちゃんがいつも言ってるもん、女垂らしのかんば菌がうつるーって。」

きっと陽介ちゃんにもかんちゃんのアレがうつったんだ、そうに違いないんだとひとりぼそぼそと愚痴る陽毬。
陽介は普段二人にそんな事を言われているらしい冠葉を哀れに思いながらも、まずは自分の弁解をするために「だから違うって」と慌てる。

「俺は単純に、ひまりの助けになりたかったんだよ!」
「…私の?」
「そうっ」

こんな事をしたのも、ひとえに愛しの彼女に良い所を見せたかったからに過ぎないわけで、そもそも陽毬一人に負担が掛かるのを見てはいられなかっただけで。
と、陽介は身振り手振りで必死に自分の気持ちを陽毬に伝える。
すると、彼の叫びを聞いてぽかんとしていた陽毬は、陽介の説明を聞いて見る見るうちに顔を紅潮させていった。

「も…もう、陽介ちゃん…声大きい…」
「あ…。」

ぱっと陽介から眼を逸らし、陽毬は俯く。
気付いた陽介は暫し固まると、羞恥を胸に抱えながらも彼女を怒らせてしまっただろうかとしゅんとした。
だがしかし、酷い偽善者だといわれようとやはり自分の中の軸は彼女であり、彼女が困っていたからこそ自分は行動する気になれたのだ。
それはゆるぎない事実であり、なによりも本人に誤解はされたくなかった。
ちらと陽介は自分の手を引く彼女に視線を向けようとすれば、陽毬はそそくさと引っ張っていた自分の腕に巻きついて寄りかかっていた。

「…ありがとうね、陽介ちゃん。」

はにかみながら囁くその甘い吐息。
啓介は顔をボッと真っ赤にさせて、口篭る。
それを見てくすっと笑う彼女は、忽ちご機嫌になって「やっぱり陽介ちゃんはこうでなくちゃ」と一人呟く。

「でも服はしょうちゃんの貸すからね?」
「え、別に俺のでも…」
「いいの!!」

玄関先でくるっと振り返った陽毬は陽介にはっきりとそう告げると、一足先にぱたぱたとキッチンへ走っていった。
あんな風に元気な陽毬は珍しいなあ等とぼけっとした事を考えながら、陽介はお邪魔しますと中に入った。

◆可愛い嫉妬か、それとも確認か。

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