泣き笑い道化師

□トライアングラーもどき
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「でしょでしょ、ほら陽介ちゃん!苹果ちゃんだって陽介ちゃんの漬物を絶賛してるくらいなんだよ。
私のいう事信じてくれたでしょ?」

「え、陽介……陽介?」
「ひまっ、」

ちょ、ま。ひまりちゃん!?
と、ぎょっとした陽介は慌てて声を荒げる。
それに漸く自分がうっかり口を滑らせたことを理解した陽毬がはっとして「ご、ごめん陽介ちゃん…」と申し訳なさそうに手を合わせた。

目をぱちくりとさせていた苹果は、陽毬の手にある漬物と陽介を交互に見た後に、何かの合点が行った様にこくこくと頷くと手を叩いた。

「…あ、そうだ。陽毬ちゃん!忘れてたっ」
「え。…な、なに苹果ちゃん?」
「今お電話掛かってきたのよ、陽毬ちゃんに。なんかお兄さんの方なんだけど…陽毬ちゃんに代わってくれないかって…」
「私に?」

お兄さんと聞くと、陽毬はぴくりと直ぐに反応を示して、きょとんとしてから動き出した。
どうしたんだろうと呟いた後に、「陽介ちゃん、ごめんね。中に入って待ってて」と確り陽介を気遣うのを忘れない。
それどころか、中に入って待っててと来た。
どうやらこれでお別れではないようだとほっとしながらも、陽介は苹果と入れ替わりに中に入っていった陽毬を見送って手を振った。

「ふうん、あの漬物ってあんたが作ってたんだ。…意外だったなぁ。」

さっと全身の血の気が引いて青褪める陽介。
勿論次に彼女が口にするだろう言葉は分かっていた。

「陽毬ちゃんのお兄さん達って、あんたの事を嫌ってるのよね。」

せめてオブラートに包めオブラートに。
本人を目の前にしてソレを聞くなソレを。とは思ったものの、強くは言えずに陽介は大人しく頷く。

「じゃもしも高倉家ご自慢のあの漬物を作っている正体が嫌っている人物だなんて知ったら、それこそ大変な事になるわよね。」
「…はい。」
「ま、私は別にその事が二人にばれようがばれなかろうが関係ないんだけどね。
…このまま忘れてやってもいいかなって思ってるし。」

やけにあっさりとしたその発言に目先を真っ暗にしていた陽介は、えっと顔を持ち上げる。
だがしかし、その後直ぐに「ただし!」と鼻先に人差し指を突きつけられた。

「今度の日曜手伝いなさい。」
「…は?」

ふふんと瞳に輝きを作って口角を上げる苹果。
苹果は陽介に突きつけた指を下げて、片腕を腰に当てる。

「私考えたんだけど、毎度毎度私のデスティニーが破られるのはあの泥棒猫がしゃしゃり出てくるからよね。」
「…どろぼ……ゆりさんの事か?」

こくり、と間髪いれずに苹果は頷く。
相変わらずだがその泥棒猫というフレーズはどうにかした方がいいと思う。

「で、どうにかしてその泥棒猫が多蕗さんに近づく前に奴を押さえちゃえば、私は遠慮なく多蕗さんと無事デスティニーを迎えられるんじゃないかと私は考えたの。

で、その泥棒猫を押さえる役割をあんたにしてほしいわけ!!」
「はあ…」

自らの考えを意気揚々として言い切った苹果は満足気にふふんと鼻を鳴らす。
一通り彼女の考えを聞いた陽介は、面食らった様子で居たもののなんとなく理解する。

「どう、いい考えでしょ!?
あの女だってよもや自分を慕ってくれる異性相手を無碍にすることなんて出来ないでしょ!
勿論、あんたはデスティニー実行が完了するまではあの女にべったり付いていてもらうからね!」

相変わらずに斜め上にぶっ飛んだ考えだが、陽介は素直にそれを指摘できるわけはなく、なによりも多蕗が絡むと彼女は普通ではいられなくなるのを知っているゆえにあえてそこには突っ込まなかった。

「いい、この一回だけ。
一回だけ付き合ってくれたら私は今回の一件を忘れたことにしてあげていいわ。」
「…なんか随分と上から目線な…」
「なに?」
「なんでもないです」

さり気無く拳を固める彼女から目を背けて、陽介は黙る。
だが、ふと疑問が浮かんだ。

「…でもさ、それだったら秘密の件があるとしても俺なんかよりも、荻野目は高倉家と仲がいいんだから、晶馬とか、冠葉とかに声をかけたほうがいいんじゃないか?
なんで俺?」
「えっ」

だがそれを言うと、今度は苹果がきょとんと目を丸くして不思議そうな顔をした。
まるで、そんな事想像すらしていなかったというように。

「そ、それはっ」
「それは?」

途端に静かになって硬直してしまう苹果。
陽介は更にきょとんと目を丸くしたまま、首を傾げて「荻野目?」とその顔色を窺おうと顔を覗く。
だが、はっと気付いた彼女にその顔面に平手をばしんっとつけられて、ぐいっと後ろに押された。

「あ、あんた!私に秘密握られてること忘れてないっ?!
いいから行くか行かないかはっきり言いなさいよッ、じゃないとあんたの事高倉家全員に大声でばらすわよ!」

さっき言う気はないって言ってたじゃないですか!

心の中でそう叫び、陽介は苹果の手から逃れると未だに痛みがじんじんと残る顔を撫でて、陽介はとほほと溜息を吐いた。

「とにかく日曜は私の為に開けておきなさいよねっ」
「…なんか理不尽だけど、まあ了解…。」

「陽介ちゃん、苹果ちゃんどうしたの?」

すると電話を終えたらしい陽毬がひょっこりと姿を現して、とてとてと此方に歩み寄ってくる。
途端、苹果は顔色を変えて陽毬にすぐさま首を振った。

「う、ううんなんでもないのっ。こいつがあんまりにも帰る帰るって煩いから引き止めてたところで…」
「えっ。そうなの陽介ちゃん!?」
「えっ!?…あ、ああ。まあ。」

とりあえずは先程の話の全貌を隠そうとした苹果に乗っかって、陽介も同じに頷く。
するとむうっとした陽毬が陽介の腕を引いて「ダメなんだからね」とずんずんと玄関先へと歩いていく。

「いい?陽介ちゃん。陽介ちゃんがうちに来てくれる日は貴重なんだから、こう言う時位ちゃんと必ずうちに寄らせるって私、決定したんだよっ。
だから居なきゃダメ!」
「…決定しちゃったの?」
「決定しちゃったの。」
「決定したのよ。」

なんで荻野目が言うんだよ、と陽介はちゃっかり自分の隣に居る苹果に思いつつもまあ、結果的に陽毬と一緒に居られるんだからそれで良いかと、日曜への不安を抱きつつも今は良き方に考えた。

◆とりあえず幸せには違いない
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