泣き笑い道化師

□姫の憂鬱、奴隷の葛藤
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「…ええっと、俺はさっきまで高倉家でお茶を貰っていたはずだよな。」
「…うん。」
「な、ならなんで俺は見知らぬ所で物凄い格好をしたひまりに睨まれているんだしょうま。」
「…話せば長くなることながら、」

「生 存 戦 略 だ ッ!」

うん、たった一行で話は片付いた。
結論。よくわからない。

陽介は申し訳なさそうな顔で俯く晶馬と、腰に手を当てて踏ん反り返る女王様のような陽毬を交互に見て目をぱちくりさせた。
最終的には晶馬にその視線は向けられたものの、晶馬は陽介の視線にどう反せばいいのか分からずうろたえている様子だった。

「な、なあ。しょうま?あ、あれってひまり…だよな?」
「…まあ、一応は。」
「…なんでひまりあんなに大胆な格好してるの!?もしやお前らの隠れた趣味か?!」
「そこかよッ!!」

明らかに此方を見下した冷たい瞳をしている陽毬に、陽介はあらゆる意味で目を奪われながら瞬きを数回。
大真面目に晶馬に疑問を投げ掛けると、晶馬は手錠を嵌めたまま両手で陽介に突っ込んだ。

「ええと僕達にも半分しかわかってないんだけど、とりあえずこの陽毬は僕達の良く知る陽毬じゃないんだ。
だからあの格好は断じて僕らの趣味とかじゃない。」
「え、だ。だって…あれは如何見てもひまり……ひまり?」

ちゃっかり後半の言葉を強く念を押しながら言って、晶馬はちらと陽毬を目にする。
ぶわわと広がったスカートを靡かせながら此方を睨む陽毬に僅かにたじろぎながら、陽介も彼女を凝視した。
そんな陽介を興味なさそうに見て、ふんと鼻を鳴らす陽毬…ではなく、陽毬の姿をした別の誰か。
だが、そういわれても啓介にはまだ信じられず、首を傾げてきょとんとしていた。

「…いや、どっからどう見てもあれはひまり…っていうか、俺にはひまりのコスプレにしか見えないぞ?」
「そりゃあ僕らだって最初はそうにしか見えなかったさ、って言うか今でも半信半疑なんだけど…」

と、晶馬とほそぼそ会話を交わすそんな陽介を一度目にいれると、じろりと射抜いて陽毬は眉を吊り上げた。

「おい、いい加減に目の前の存在を認めたら如何だそこの童貞が。
童貞の分際であーだこーだと、ケツの穴の小さい男め。」

「ど、う……!!!」

…あまりにも本来の彼女が口にするとは思えない台詞に流石に絶句する。
そして同時に陽毬の口から出たその発言に、思わずかあっと顔が真っ赤になった。
そしてぼそりと晶馬が呟く。

「…陽毬があんな言葉遣い、する訳ないだろ…?」
「………。」

最初は陽毬と疑っていた陽介も、流石にこの発言にこんな汚らしい言葉を使うのは明らかに陽毬ではない、と確信する。
するのだが、…これはこれで、と思ってしまう自分もどこかにちゃっかり存在していたせいでまだ心から信じ切れなかった。

「なんだ図星を指摘されて怒ったか?だが貴様はあの小娘とは違い、歯向かって来るような度胸はないようだな。」
「こむす…?」

はて、誰の事だと言いたげに晶馬に視線を投げ掛ければ、晶馬は苦笑しながら荻野目苹果の事を陽介に伝えた。

「荻野目さんも此処にきたのか?」
「うん、まあ…」
「さては誰でも来れるのか、此処?」
「…さあ、」

っていうかまず此処は何処なんだ。という質問については、晶馬はひくついた笑みを浮かべて答えてくれなかった。
…なるほど、彼自身もわかっていないんだな。と、直ぐに察した陽介はなんだか逆に申し訳なくなって「なんか、すまない」と小さく晶馬に謝る。
すると晶馬はえっと驚いた後慌てて首を左右に振った。

「い、いやいやっ。陽介が謝ることじゃないだろっ。
っていうか寧ろ、僕の方こそこんな事になるとは思わず家に上げてごめん…っていうか、もっと早くに陽介にこの陽毬の事話しておくべきだったし…」

てっきり、陽介の居ない時には必ずと言っていいほど彼女は出てこなかったから大丈夫だと思っていた。
だから陽介をなるべく何かに巻き込みたくはなかった晶馬は、これは自分達の問題だと思って彼女の事は言わずに居たのに。
と、晶馬は心底申し訳なさそうにしゅんとする。
だが、

「オイコラ、そこの下僕。さっきから主人を無視して勝手に言葉を交わしてるんじゃねえぞ。」
「え、」

どすの利いた陽毬の声が響いた後に、ぽちっと晶馬の後ろに位置するボタンを押す二号。
と、その瞬間に晶馬の立つ床がぱかっと開き、穴を作った。

「ちょ、ま!り、理不尽だああ!!」

その奈落の底へと晶馬は叫びながら落ちていく。
陽介はそれを見てぎょっとしながら、足を一歩踏み出した。

「しょ、しょうまっ!?」
「いちいち騒ぐな見っとも無い。
下僕が一人ボッシュートされただけの事だ。受け入れろ。」
「げぼっ…何処で覚えたんだよひまり、そんな台詞…」
「陽毬ではないと言ってるだろうが、このチェリーボーイめが」
「ちぇ…」

晶馬を助けようと駆け出そうとする陽介の首根っこをひょいっと掴むと、陽毬の姿をした通称帽子様は呆れた顔で陽介を睨む。
いつの間に此処に下りてきたのだろうかと思いながら、陽介は不機嫌そうに一応尋ねる。

「…じゃあ…なんて呼べばいいんだよ…?」
「いいんだよ?」
「あ、いえ。…なんてお呼びすればいいのですか?」

一度はむっとして彼女を鋭く射抜くものの、逆に凄んだ瞳で睨まれて、陽介はびくりと震えてあっさり下出に出てしまう。
これがもしも陽毬の顔でなければ、もっと強気になれるのに。
それに満足したように陽毬の顔をした誰かは、ふんと鼻を鳴らして口角を上げた。

「プリンセスと呼べ。」
「あ、はい。プリンセス様…しょ、しょうまは何処に行ったんでしょうか?」
「知るか。」
「はい。」

簡潔。そして即決な答え。
うん、実にわかりやすくていいけれど、結局ここまで全部、わからない事尽くしのままで何も前に進んでないのではないか?

陽介は少しでも何かを自分なりに理解しようとぼんやりと目の前の階段のような所に立っている陽毬から眼を逸らすように、辺りのややファンタジックな光景を眺めた。
実に色鮮やかなその景色に、別世界という言葉が消えない。
だが、自分から興味を失せたようにした啓介が気に入らなかったのかプリンセスはむっとして陽介の胸倉を掴み上げる。

「貴様はさっきから気が多い男のようだな、いいか?太古の昔から朴念仁男は常に女に酷い目に合わされるモンなんだよ。
八つ裂きにされて晒し首に合いたくなくば、黙って私のほうを見てろこのスケベ野郎。」
「すっ、すけ……」

大した力ではないのにそのままそちらに引き寄せられ、バランスを崩しかける陽介。
普通ならば此処まで一方的に言われたら我慢が出来ずに、つい相手に食いかかってしまうものだろう。
しかし、その相手はよりにもよって自分の愛する娘の顔で、その暴言を吐く口は愛する娘のものであるため、中身が違うとは言えどもどうしても心から憎む気にはなれなかった。

「どうにも貴様を見ると、苛々と言うか、むかむかというか、変にストレスが溜まっていかんな。
…調度いい、暇つぶしがてらの仕置きだ。
奴隷如きがプリンセスたるものに逆らおうとした罪を思い知らせてやる。」
「なっ…ちょ、……はい?!」

そんな甘さを見抜いたプリンセスはにやりと含み笑いをして、陽介の頬に指を這わせる。
その手使いと此方を見つめる怪しい眼差しに、陽介は僅かに固まった。

「な、何をする気で…」
「勿論。お前の騒々しい無様な姿を見て笑いものにするのさ。
本来ならばあの兄弟のどちらかに餌食になってもらうかと思ったが、お前の顔を見ていると無性に苛々が止まらんので貴様を餌食にすることにした。」

プリンセスはもう片方の手で艶かしく陽介の胸を撫でる。
瞬間、ずきりと、痛みのような何かが胸を貫いた。

「ああ、なにも此方も鬼ではない。抵抗するならしてもいいぞ、ただし…出来たらの話だが。」

ピングドラムだのなんだのと訳のわからない話に飲み込まれて、陽介は先程から衝撃の連続ゆえに、ただ呆然として目を白黒させているほかなかった。
そんな陽介を愉快そうにくすりと笑い、小首を傾げる。

「ふふ、どうした。
それともこの娘の顔だから抵抗するに出来ないか?」

はっとしたように、小さく肩が震える。
陽介は僅かに視線を逸らして、ごほんと咳払いをした。

「わ、わかってるんだったらこんな悪趣味な真似やめてくれよっ、よくわからないけど苛々させたのは謝るからっ」
「聞かん。…まったく男とあろうものが情けない抵抗をするな。貴様は生娘か。」
「あんたはチンピラですかッ?!」

威厳があるかと思えば、そうでもなし。
はっきり言ってただの横暴にしか見えない彼女の行為。
ずいと陽介に身体を近づけて、密着しようとするプリンセス。
再び頬が紅潮してしまいそうになりながらも、一歩後ろに足を引く。
どうにかして彼女を跳ね除けようにも、うまく手に力は入らず手錠みたいなものに繋がれたまま抵抗を為さない。
それをニヤニヤと愉快そうに見ているプリンセス。

「ほらほらどうした、もっと本気で抵抗しないとつまらないぞ。女にされるがままで楽しいか?あん?」
「この人苛めっ子だあ、ドSだあッ」

今にも泣きそうな顔で陽介はふるふると首を左右に振る。
というか実際目元には涙が浮かんでいた。
口元を横にした三日月のようにさせて笑う彼女に、陽介はほとほと悲しくなる。

「と、とりあえず本当に許してくださいお願いします」
「嫌だ。黙って私の遊び道具になれ。」
「…結局それかよ、ひまり…」

弱音を吐くように頼りない声を上げても、だから陽毬ではないと言っているだろう、ときっぱり現実を押し付けられ、顔を近づけられる。
確かに陽毬ではない。陽毬ではないのだけれど、その身体は確実に陽毬のもので、だから強く押し退けたくてもできなかった。
もしもこれが陽毬に似ているのがごく一部で、まるっきりの他人だったら、全力で引き離していたというのに。

「往生際が悪いぞ、陽介。」

耳元でそう吐息をかけられれば、彼女を止めていた手にもうっかり力が入らなくなった。
その隙を彼女が逃がすわけもなく、爪先立ちをして背伸びをし、陽介の顎を持ち上げる。

「まっ、や……! んっ」

ぎくりと、陽介は近づいた陽毬の顔に怯む。
制止しようと声を荒げるも、だが相手は陽介の最後の抵抗であるその言葉を唇ごと塞いだ。

瞬間、どくん、と一気に跳ね上がる心臓。
高まる心音に激しく流れ始める血流。
胸の内から熱くなってくる体に、くらりとする眩暈。
陽介はまるで一瞬毒でも盛られたんじゃないかと言う錯覚をしそうになる。
否、確かに毒を盛られた事には違いないのだ。
かなり悪性で、自分の心を鷲掴みにする限りなく媚薬に近い毒を。
それは確実に自分の身体を蝕んだ。

「っ…!」

再び、どくんと跳ねる鼓動。
多少身動ぎをして抵抗した所で抗える訳もなく、陽介は様々な気持ちがぶつかり合って複雑に目を細めた。
目の前では綺麗に瞳を閉じた陽毬の顔がそこにある。
だからこそ余計に今自分の唇に触れているのが陽毬の唇だと思い知らされて、心臓が激しく踊り狂った。
例え相手が陽毬本人ではないとわかっていても。

「(…くそっ)」

心の中で苦々しい感情を吐き捨てるも、それで心音は収まるはずはなかった。
そればかりか彼女の事を意識しているせいで更にどくん、どくんと音を立てて止まらない。
自然と熱く熱が灯っていく頬に、陽介は目を細めた。

「(ひまりじゃない、これはひまりじゃない。…なのに、)」

嬉しい事には違いない。
これは陽毬の意思があっての行為ではなく、あくまでも彼女が自分で遊ぶ為の行為に過ぎないと頭では理解しているのに。
二律背反な自分の気持ちに、腹立たしい感情とそれでも揺らいでしまう感情が共存して、脳裏の考えが複雑にぐるぐると渦を巻く。

漸く、唇が自由に解放されたときには既に彼女に言うはずだった言葉は総て消え失せていた。
にやりと、実に悪そうな顔で陽毬の顔をした誰かが笑う。

「ふむ。…遊びにしては大分楽しめたな。
下等生物かと思っていたが、お前の味はなかなかだ。」
「なッ………!」

かあっと顔を熱くさせた陽介の唇を、陽毬の指が撫でるようになぞる。

「おいおいそんなに顔を真っ赤にさせるなよ、まるで私が苛めたみたいじゃないか?」
「……現在進行形でそうだと思うんですけど…」
「なんだ文句があるのか?あるならもう一度その口塞いでやろうか?」
「えっ…遠慮します、文句も何もありません!」

本気で泣きたい気持ちに駆られながら、陽介は不適な彼女の笑顔に背筋をぞくりと震え上がらせた。
だがそれがいけなかったのだろう。
陽介が青褪めたことにより、更に相手の何かに火をつけてしまったらしく、女は表情に影を落としてくくくと喉で笑った。

◆まるでいい玩具

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