泣き笑い道化師

□いじっぱり×いじっぱり
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前日、運命の彼とその彼を巣食う泥棒猫との食事会での彼女のパーティー。
とりあえず二人にはああいわれたものの、何故かすぐに自分の頭に思い浮かんだのは自分の手伝いをしてくれる嫌味な男、陽介で。
苹果は「まああの馬鹿、豪勢なパーティーになんて行った事ないだろうし、折角だから恩を売るために一度くらい行かせて上げておいてもいいかな」なんて思って、パーティーにはついでに彼も呼ぼうと思っていた。

別に緊張をすることなんてないが、自分と多蕗の新居の話もしなくてはいけないし、今後の運命実行の話だってしなくてはいけないと、いつものように苹果が頼りになる相棒にメールをした日の事だ。
何故かその日は彼はいつもなら直ぐに帰ってくるはずのメールに応答せず、電話をかけても全く反応無し。
そればかりか、彼の自宅にかけてもまるで応答がなかった。
痺れを切らした苹果が持ち前の行動力のよさで彼の家へと向かった所、出くわしたのは風邪で意気消沈してベッドで横になっている陽介の姿だった。

と、此処までが今自分の部屋に滞在して我が物顔で自分の椅子に座っている苹果から聞かされた彼女の話。
陽介は幾つか突っ込みたい点があったものの、あえて何も言わずにベッドから起き上がって、彼女の話を聞いた後に頭を抱えた。

「だからって玄関じゃなくてわざわざ人の部屋の窓から入ってこなくもいいだろ…」
「だって、玄関から入ったら貴方の家族と対面しちゃうじゃない。
それに手っ取り早く貴方の顔見るにはこっちの方が早いと思って」
「俺の部屋二階なんですけど。窓から登ってくるほうが億劫だと思うんですけど。」

細かいことは気にするな、とベッドに寝込んでいる陽介にへらへらっと笑いかける彼女に、陽介は心底脱力した。
頬を伝う汗を手で拭いながら、一つ息を吐こうとして上手く行かず小さく咽こむ。
それを見た苹果が、自分の椅子に腰掛けながらまったくと呆れた。

「なっさけないわね、折角人がたまには労ってあげようと思ったら…いざと言う時にコレなんて!
どうして陽介ってここぞと言う時には役に立たないのかしらっ。」
「黙れ浮かれ馬鹿。誰のせいだと思ってんだ。」

元はと言えばこの自分の風邪はいつだかの彼女の風邪が原因だ。
人に風邪をうつしておいて。そもそも弱っている人間に対してその言い草はないだろうと陽介はぎろりと苹果を睨む。
だがしかし、風邪を引いているせいでか全く気迫がないらしく、苹果は少しも怯む事無く、そればかりか更に苦言をぶつけてきた。

「男の子なんだからもっと確りしなさいよ、体調管理くらい。」
「テメエにだけは言われたくねえ。」

死んでもお前にだけは言われたくねえ。と、二度強く主張してから、陽介は込み上げてくる急な咳に咽こんで、軽く涙目になった。
するとはっとした苹果が椅子から立ち、慌てて自分の背中を撫でてくる。

「ちょ、ちょっと、大丈夫なのっ?」
「…なわけ、ねーだろ、ばか、むすめ…」

陽介はがらがら声でたどたどしいながらにきちんと彼女に対する嫌味は忘れず、いいから窓を閉めろと手を振る。
言われて苹果が振り返れば、窓は先程自分がやってきた時のままで開いていた。
びゅうびゅうと絶え間ない風が入り込んでくる窓に気付くと、慌てて窓を閉めて鍵をかける。

「や、やだ私ったら!ついうっかり!ごめんごめんっ。」
「うっかりで病人殺す気か…こっちゃさっきから寒かったんだよ…!」

ぶるぶると震えながら両手で自分の身体を抱え、「これだからこの馬鹿は」と減らず口を叩く。
むっとした苹果は善意から彼の心配をしてやっているのに、しかもきちんと謝ったのに酷い言い草をされた事に「馬鹿って何よ!」とくわっと怒鳴った。
ずんずんと再び此方に歩いてきた苹果の様子に、どうやら彼女は自分と違ってすっかり元気になったようだと確認する。
彼女が風邪を引いてから自分も直ぐにこうなってしまった為、あれから陽介は彼女に逢う時がなかった。
その為、その後の彼女がどうなっているのか正直ずっと気になっていたのだった。
けれど、今日の様子を見て安堵した陽介はほっとして、わざと彼女から顔を背ける。

「ほら、寝てなさいよ。咳、大丈夫?」
「触るな。つか、近寄るな。
テメエもまたうつったら敵わねえから、もう出てけよ。」

自分の口を片手で覆って、もう片方の手で自分の背中を撫でようとする手を振り払う。
苹果は一度「あっ」と名残惜しそうに言って、僅かに傷ついた顔を見せた。
一瞬だけのその表情に、陽介はしまったと思うと同時に、これでいいのだと自分を納得させる。
この位強く跳ね除けなければ、恐らく彼女は自分にお節介をしてまた風邪をぶり返してしまう事にならないとも限らないからだ。
正直胸が痛くもあったが、陽介はそ知らぬふりで顔を逸らす。
だが、そうされた事で余計に彼女の闘争心に火がついたのか、キッと眉を吊り上げて陽介の両肩を強めに押した。

「…放っとけるわけないじゃない!元はと言えば私の風邪なんでしょ!?だったら私が対処するのは当たり前じゃないのっ。」
「お、おいッ」

陽介はぎょっとしてあんまり近づくなと彼女を制そうとするも、風邪によって蝕まれた体はうまく力が入らず、結局そのまま押し倒されてしまう。
ぼすん、と彼の身体を柔らかな弾力で受け止めたベッド。
それを見て、苹果は「よし」と一人力強く頷く。

「ほら見なさいっ。私一人の力を退けられないくらい貴方酷い事になってるんだからっ、弱ってる時くらいきちんと人のいう事聞きなさいよ!」
「…テメエにだけは言われたくねえ…」

ふわりと布団を優しくかけられて、陽介は呆れ半分で大きめな溜息を出す。
口から出た息はまだ熱を持っていた。

「(何が弱ってる時くらい、だ)」

お前はいつも弱ってるくせに。とは心の中で留めておいて、あえて口に出さず、陽介は全身の力を抜いた。
見上げればじっと此方を真剣そのもので見つめてくる彼女の瞳。
真っ直ぐと自分のみを映すそれに、陽介は僅かに胸が動く。
妙に息苦しい気分がして、それはきっと熱のせいではないと頭で理解した。

「…わかったよ。」

こうなると彼女を止める術はないだろう。
というか、彼女が怒って出て行くのではなく、怒って無理矢理にでも自分をなんとかしようとする方を考えなかったのが既に自分の察知能力が衰えていることを物語っている。
ここは余計な事をしても余計に相手に風邪の菌を振りまく結果になってしまうかもしれないし、素直に彼女のいう事を聞いて居た方が得策だ。
いざとなったら寝たフリをして追い出せばいいだろうと陽介は考え、仕方なく彼女に頷いた。
すると苹果は満面の笑顔を浮かべて、明るい声を張り上げる。

「じゃあちょっと待ってなさいよねっ。おかゆ作ってきてあげる!
…あ、勝手にキッチン使っていいよね?」
「別にいーよ、オヤジ今夜まで帰ってこねえし」
「よしっ。それじゃあお邪魔します!」
「(今言うなよ)」

ぱたぱたと部屋の入り口に掛けて行く苹果の背中を見守って、妙に張り切っている彼女に陽介はちょっと驚いた。
普通、病人の世話…しかも好きでもなんでもない他人の世話なんて嫌に決まっているはずなのに、それを少しも厭わずあんな笑顔を見せるのは陽介にとって不思議そのものだった。
特に目標の為にしか動かない彼女がわざわざ自分みたいな有象無象をなんとかしようとするなんて。

「(そもそも、俺こんな状態じゃパーティー行けないんだし、それ確認したんだから普通に見切って帰ればいいのに)」

ぼんやりする頭で「珍しいこともあるものだ」と結論付けた陽介は、頭にのる冷えピタに手を当てる。
そろそろこれも乾いて来てるから後で取り替えなくては、と思いつつ眠気に襲われた。

「あ、そうだ。」

すると、ドアノブに手を掛けた彼女が突然くるりと此方に振り返る。
なんだ。まだ居たのか。と言えば、それを無視して苹果は陽介に問い掛けてきた。

「陽介、何食べたい?おかゆの他に何か作ってあげるわよ。」

何、と言われても…。
正直こういう質問こそ困るものはない。なにを食べたいかと言われても余程の空腹でもなければ直ぐに頭に浮かんでくるものはないし、風邪の時等尚更食欲がないから何も食べたくないと思ってしまう。
だが、ちらとドアの方向を見れば、明らかに期待した素振りで此方の答えを待ち望んでいる人物が居る。
彼女の好意を無碍にするのも憚られるし、何より心が痛い。
どうにか胃に優しくて、軽い物でぱっと食べられるようなものはないかと陽介は試行錯誤して、考え込む。
すると、ぱっと頭に思いついたものがあり、陽介は何気なくそれを口にした。

「りんご。」

「え、」

陽介がそれを言った途端、瞬時に彼女の顔色が変わる。
目を点にさせて口をぽかんと開き、その後に赤くなって、けれども青くなってを繰り返し、べたりと扉に張り付いた。

「な。…なななな…な、な。何言ってんのよこの脳みそウジムシ男!?!
は、はあ?!ちょ、…はあああ?!か、風邪ひいて弱ってるからって言って良い事と、わっ、悪い事ってもんが…」

「兎の林檎。…昔良く、お前作ってくれただろ。」
「あ、…は??」

両手をばたばたとさせて一人で大きく狼狽する様を見せた苹果に、陽介は思わずぷっと噴き出してしまう。
紛らわしい言い方をさせた自分も悪いが、だからといって勘違いする方も勘違いする方だと思う。
陽介はすぐに間違いを問いただし、過去の記憶にあった彼女の作ったものの中で好きだったものを一つ上げる。
すると目を白黒させた苹果が、漸くはっとして、そそくさと顔を逸らした。

「……あ、ああ。ああそっち。そっちね、ああそうっ。」

…わざとらしく、なんだと思ったんだ、お前は。といつもなら意地の悪い一言も出てくるものだが、今日に限っては喉の痛さも合い重なりそこまでいう事はならなかった。
だが、一瞬だけでも彼女を動揺させられたんだからよしとしよう、と陽介は苹果がまだなにかを喋っているにも拘らず、そっと瞼を閉じた。
これ以上眠気に勝てそうにはない。
彼女が何かを作ってる間、自分はゆっくりまどろむとしよう。
すうと息を吸って、今度こそ陽介は暗闇の世界に足を踏み入れた。

「……なによもう、本当に私を欲しがったのかと思った…」

現実の世界で、彼の部屋を潜り抜ける前に真っ赤になった苹果がそう呟いた声は既に陽介には届かなかった。

◆この熱さはなんのせい?

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