泣き笑い道化師

□ひと時ノスタルジア
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「……眠い。」
「……」
「……疲れた。」
「……」
「ほんっとう、来るんじゃなかった…」
「大変申し訳ございません…」

机の上に突っ伏してぐったりと項垂れる晶馬に、陽介は心底申し訳ない気持ちで深々と頭を下げた。
晶馬は此方に見向きもしないまま、ぴくりとも動かず。変わりに二号が陽介の服をぐいぐいと引っ張っていた。

彼がこうなるに至ったのは約数時間前の事。
陽毬から頼まれて陽介の家に届け物をしに来た晶馬は、そこで見た屋内の様子に絶句した。

暫く振りに覗いたその家は、何週間かですっかりゴミ山のアジトと変貌していたからだ。
出したものは出しっぱなし、洗物は洗いっ放し。ゴミはそのまま、食べ終わったカップラーメンはそのままというまるでオヤジ並みの汚さ。
陽介は現れた晶馬に対して必死で言い訳をしたものの、結局は説得できずに晶馬の怒りを買ってしまった。

勿論陽介とてそんな酷い有様にするつもりはなかったのだ。

しかし、最近どうにもバイトの方が忙しすぎて家にまで手をつけられず、家にはただ寝に来るだけと言う事を繰り返し、こんな事になってしまったのだ。
不可抗力とは言えどこうなってしまった家の惨劇に、晶馬はわなわなと肩を震わせて、陽介の家を家主の承諾なしに無理矢理掃除し始めた。

勿論陽介とて晶馬を止めるも、晶馬は一切として聞く耳持たずで、仕方なく共に掃除を始めた。
てきぱきと自分の家のように掃除をし始める晶馬に感心しつつ、自分も彼に追いつこうとしながら手を進めた。

それから最後の部屋を掃除し終わり、数時間経って、やっと今。

綺麗になった家の変わりに、そこまで磨き上げた晶馬の疲労がピークに達し、こうして彼は綺麗になった居間でばったり倒れているというわけだ。

「…あ、しょ、しょうまっ。な、なにか食うか?なにかっ。お、俺作るよ!」

とりあえず何か食べるかと覚えたてのそれなりの料理を振舞おうかとすれば、ぶんぶんと首を振られてにべもない。

どうすればいいんだろうと、二号を抱きかかえ暫し思い悩めば、二号が心地良さそうに自分に寄りかかってきた。
何気なくその頭を撫でれば、ふわふわとした弾力が手を押し返す。
あ、なかなかこの感触癖になるかもしれないな、とちょっと和んだ気持ちを味わっていれば冷ややかな目線が此方を突き刺してきた。

「…なに変な顔になってんのさ…」
「あ、いや。つい。」

むすっとした晶馬がしっかりと顔を上げて、「あのねえ」と強めに前に乗り出してくる。

「っていうか陽介の部屋ほんっと汚すぎ。
僕この間来たばっかりだった気がするんだけどさ…一週間で蜘蛛の巣出来る有様って何?どうなってんの?陽介の頭が。」
「…耳が痛くて敵いません。」
「幾らバイト三昧で忙しいからって、これはないだろ普通。」
「そ、うなんだけど…」

実はそれだけではなく、料理もそこそこ覚えようとしていたら、今度は掃除が疎かになって手がつけられない状態になっていました。とは、流石に言ったら今度こそ彼に殴られそうな気がするので、多くは語らずに陽介は素直に謝る。
相変わらず晶馬はむすっとしたまま此方を睨んでいたが、はあっと壮大に溜息を吐いた後「もういいよ」と身体を反らした。

「あー…ほんっと疲れた。」
「ごめんな、本当。」
「いや…いいよ。元はと言えば陽介の許可なく勝手に掃除しだしたの僕だし」

言いながらへらっと笑みを浮かべる晶馬。
どうやら本気では怒っていないようだと彼の表情で悟って、陽介はほっと胸を撫で下ろす。

「でも、もう金輪際ゴミ溜めるのやめてよね。目に付いたら否が応でも掃除したくなるから」
「お前は本当に掃除好きだな…」
「大袈裟な。別にそんなんじゃないし、」

誰だってゴミがあったら片付けたくなるのは普通だろ。と、至極当たり前の事のように晶馬はあっさり放つ。
だがそれに対して陽介は素直に「うん」と頷くことはできなかった。
少なくとも自分は多少の間ゴミ山に居ても気にしない人間だし。
と、麦茶をひと啜りすれば、晶馬も此方を見て同様に麦茶を口につけた。

「…にしても、掃除して思ったけど陽介の部屋って広いんだな。」
「そう?」
「自分の家なのに気付かないのかよ。」
「自分の家だからこそわかんないもんなんだよ。しょうま達の家だって広いだろ。」
「うちはほら、三人暮らしだからいいんだよ。」

そういうもんかね、と呟けば、そういうもんだよ。と晶馬が返す。
くすりと笑って陽介は改めて晶馬に礼を言った。
自分の部屋が広さを取り戻したのは少なくとも彼のおかげなのだから。
すると晶馬は目を丸くして、やや頬を朱に染めた。
恐らくは照れているのだろう顔を逸らし、頬を掻いて俯く。

「べ、…別にいいよ。そんな御礼言われる事じゃないし…」
「でもお前のおかげでこれで二週間は暮らしていけそうになったよ。」
「いや、それは無理。頼むから時々掃除しろって。」
「あはは。」

表情をすぐさま変えて、晶馬は真剣にそこだけは忠告する。
陽介は真剣な瞳から逃れる為に眼を逸らしながら、ふと汗を流す晶馬に気付く。
そういや今日は結構暑いもんな。と思いながら、陽介は自分が出来るせめてもの情けだと、アイスでもやろうと冷蔵庫に向かった。
ちょっと待ってと一言告げてから、中を探れば陽介は愕然とする。

「あ…」
「どうしたの?」
「いや…」

アイスが、なかったわ…。と、言い難そうに冷凍庫から晶馬に視線を向けた陽介に、晶馬は目をぱちくりさせた。

「ご、ごめん。せめてお前に何かやりたいと思ってたのに…」
「馬鹿だな、そんなのいいよ。別になにかやってもらいたくて掃除したわけじゃないのに。」
「いやでも、暑いだろしょうま。」
「そりゃ暑いけど…」

なんて俺は良い所なしなんだ、とがくりと肩を落としていれば「仕方ないよ陽介だから」という身も蓋もないフォローがかけられた。
自分の自業自得とは言えども、晶馬はこういうところ本当容赦ない。

「よし…ちょっとアイス買いに行って来るわ。」
「え。そ、そこまでしなくても」
「どうせ俺も食べるしさ…兎に角ここまでしてもらっておいてあるんだから、何かお前にしないと気がすまないんだよ。」
「…本当、陽介ってそういうところは昔から変わらないよね。」

こうなれば近場のコンビニへと向かい、アイスの二つを買ってこようと陽介は一人で決意し、財布をポケットに押し込んだ。
しかし、陽介ばかりに買わせに行くのも忍びないと晶馬も後を追ってくる。

「別にいいよ。しょうまは疲れてるんだから休んでろって。」
「いや大分動けるようにはなったし…それに、陽介の事だから変なもの買ってこないとも限らない。」
「…俺どんだけ信用ないんですか。」

きっぱり、はっきり言ってのける晶馬に、陽介はがくりと肩を落とす。
買う訳ないだろそんなもん、と言ってみるものの、結局いいからと押し切られて、二人で家を出る事になった。
勿論ついでに二号も確り晶馬の後についてくる。
鍵を閉める際にぱたぱたと中から走って晶馬の元に行く二号を見て、陽介はなんとなく和やかな気持ちになってくすりと笑った。

「(あいつ本当にしょうまが好きなんだな。)」

まず向かうべきは近くのコンビニだ。
本来はスーパーの方がいいものがあるにはあるんだが、そこまで行くのはちと遠すぎるし、なによりも確実にアイスは途中、否。三分の一行った場所で溶ける。
だからギリギリ溶けない距離のコンビニに向かって足を進めたのだが、こっちもこっちでどれだけ頑張ってもやっぱり溶けるかな。と陽介は内心苦笑した。
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