泣き笑い道化師

□なんだかんだで皆君を、
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夏と言えば、やはり風物詩の一つとなっているのは怪談だ。
幼い頃は良くちょっと恐いものを目にしては、ぎゃーぎゃーと騒いで喚いてはありもしない幽霊なんぞを恐がっていた事もある。
男の癖に、よく冠葉の後ろに隠れてはえぐえぐと泣いていたこともあったもんだ。

思い出せば恥ずかしいそんな思い出も、今ではとても昔の事。
もしも今自分がそんな事をしたら確実に冠葉に殴り飛ばされるに違いない。
それに今ではホラー物に対する耐性は出来たし、どちらかと言えば、蚊に刺されて思いっきり掻き起こした後に痒み止めを塗る時の方が恐い。

そんな思いを馳せていたバイト帰りの午後に、ふと誘いが迷い込んできた。

「ねえ、陽介ちゃん。プチ肝試しやらない?」
「プチ肝試し?」

うちに掛かってきた一件の電話は、愛する我が陽毬からのもので、陽介は唐突な誘いにきょとんとする。

彼女の話に寄れば、本来ならば陽毬は折角元気になったんだから肝試しと行きたいところだったらしいが、二人の兄の過保護加減により結局ホラー鑑賞会で妥協したらしい。
けれど、肝試しに行かない代わりに陽介ちゃんも呼ばないと嫌だとぐずったようで…。
当然最初は二人はその申し出を却下しようとしたらしいが、肝試しが却下となった分その位は許してもらってもいいだろうと言った所渋々ながらに了解がもらえたらしい。

「もう、ばっちりだよ陽介ちゃん!」
「あはは…ばっちり、か。」

電話口の前でブイサインをしているだろう陽毬の事を思い浮かべて、くすりと笑う。
彼女の声を聞くだけで一日の疲れなど何処かに吹っ飛んでいってしまうようだ。

「じゃあ、明日は絶対うちに来てよね!私、すっごく恐いの用意して待ってるから!」
「うん、わかった。バイトが終わり次第すぐにそっちに向かう。」
「絶対だよ!」
「約束します。」

兄達に公認の元で逢えるのが嬉しいのか、いつになくはしゃいだ様子で陽毬は陽介に強く念を押すと、電話を切った。
陽介も陽介で、こんな機械は滅多にないから、明日だけはきちんと行かなければならないな。と改めて胸に誓う。
明日は絶対早く仕事を終わらせて、出来るならば時間通りに行かなくてはと気合を入れた。

だが、彼にはひとつ忘れていた。
自分の途轍もない運の悪さの事だ。

彼が気合を入れれば入れるほど、確実に彼の思い通りにはならず、そしてそれを覆さんばかりの酷い仕打ちが確実に待ち受けているその彼特有の能力。
それは勿論、この大事な日にも力を休む事無く発揮していた。

結論から言うと、後日陽介は予定の時間よりも大幅に遅れて高倉家へと急いでいた。
というのも、バイトの一人が途中で早退してその分の仕事が自分に迷い込んできてしまったからだ。
上手く事が運べば予定の時間通りに陽介は高倉家へといけたはずなのに、とことんまでについてない。

勿論仕事が来た時点ですぐに連絡をいれればよかったのだろうけど、店長が「すぐだから!ほんと、マジ直ぐだから!電話とか大丈夫だからっ」と必死な様を見せ付けて泣き縋ってきたために連絡をする事もできなかった。
恐らくは、自分が店長に押し付けて逃げ出すようにも見えたのだろう。
本来はそんな事はちょっぴり…いや、少しは…否、やっぱりあったのかもしれないが、けれども仕事なんだからと陽介は割り切っていたのに。

「…やっぱり、振り切ってでも、電話すれば、よかった…」

息も絶え絶えに高倉家の前にやっとの事で着いた陽介は、その場で息を整えながらちらと顔を上げた。
そしてごくりと唾を飲み込む。

「…あ、あのー…こんばんはー…」

本来ならばこんにちはと告げるはずだった台詞は辺りの様子を見て「こんばんは」に変わってしまった事にまず胸を痛める。

陽介は控えめに家をノックして、対応を待った。

しかし、中からの応答はない。
…やばい。
直感的に陽介は思った。
折角あの二人から承諾が貰えたと言うのにこんなに時間を過ぎていればそれは怒りたくもなるものだろう。
二人に嫌われるのは、良くはないけどまあいいが…何よりも陽毬に嫌われるのはきつい。
陽介はどうしようと漸くおろおろしだして狼狽すれば、ふと玄関の戸が開いた。

「はい?」
「あ…か、かんば…!?」

ぎくりとして開いた戸に目をやれば、そこに居た姿はラスボス、もとい、高倉家の長男。
陽介は目をぱちくちさせながら冷や汗を大量に流し、青褪める。

「あ、あー…あ、そのっ…ええと、お、遅くなってごめん!」

目を泳がせながらもこれだけは言わなくてはと謝って頭を下げる陽介。
だが、冠葉は涼しい顔でそれを見つめた後、たった一言だけ「本当遅かったな。」と呆れ気味に言っただけで後はくるりと背を向けて中に入っていってしまった。

「まあ、いいから上がれ。」
「……へ…?」

意外にもあっさりと、そう告げた冠葉に陽介は驚いて眼を瞬かせる。
一番腹に据えかねて怒りそうだった彼が、あんなにもさらりと流した事に陽介は半信半疑でぽかんとした。

暫くその場に留まっていれば、ふと両足に違和感を感じてちらと下に目線を落とす。
すると右足を二号。左足を一号が、ぺしぺしとその掌で叩いていて、まるでさっさと行けと促しているようだった。

「あ…ああ、悪い。」

誰に言うでもなくそう口にして、陽介は恐る恐る玄関に足を踏み入れる。
それを見送った二人のペンギンは、ぴったりと陽介の後ろについて彼の退路を断ち、完全に中に入ったのを見ると二人で家の戸を閉めた。

「(器用なもんだな…)」

心の中でそう思えば、今度は中で待っていた三号が陽介の足を引っ張ってくる。
三人のペンギンに誘導されながら、陽介は中へと入り、緊張した。
この先に待ち構えているだろう三人の姿を思えば色々な意味で恐かったからだ。

「お、おじゃましまー…す…」

と、小さな声で遅くなった挨拶をして居間に入る。
だが、そこに居た姿に絶句して陽介は軽く固まった。

青褪めて毛布に包まる陽毬と、明らかに食らい雰囲気で俯いて目を据わらせている晶馬。
そして、机の上にはまだ誰も手をつけていないらしい冷たくなった食事。
それを見るなり、陽介は早速罪悪感に胸を締め付けられた。

「…陽介…」
「あ…はは…」

ふと此方の気配に気付いた晶馬が恨めしそうに自分を睨む。
思わずぎくりとした陽介は、「お、遅れてごめん」と謝った。

「…本当だよ、陽介ちゃん…」
「ひっ、ひまり…」

すると応えたのは布団に包まっている陽毬で、陽毬は力強くこくりと頷くと陽介に涙目を向ける。

「私達、陽介ちゃんに何かあったんじゃないかと思って凄く心配したんだから…
早く来ないのは仕方ないけど…でも一言くらい…!」
「ご、ごめん!!ほ、本当…連絡できなかったのは本当に申し訳なかった!本当にごめん!!」

彼女を泣かせてしまったことにぎょっとしてあたふたする陽介。
ずきずきと痛む心を抑え、慌てて両手を合わせて陽毬に平謝りするも、陽毬の機嫌は良くならずむすっと頬を膨らませたまま、布団の中に顔までもぐってしまった。
あっと陽介が手を出すと同時に、すると今度は振り返った晶馬から怒号が飛ぶ。

「なんでこんな時に限って毎回毎回陽介はタイミング悪いんだよ!馬鹿じゃないのかっ、大馬鹿だろ!」
「わ、悪い晶馬。いやその、」
「遅れるなら遅れるで連絡入れろよな!僕ら陽介のバイト先の番号知らないし!陽介の携帯の番号なんてもっと知らないし!
…なのにけろっとした顔で現れるし……本気で心配してた僕らが馬鹿みたいだろ!!」
「す、すみません!入れたかったんだけど、どうしても入れられない状況で…」

うるさいばか!と理不尽な怒鳴り方をされて、晶馬は終いにぷいっと横を向いてしまう。

「うをっ!」

すると、突然背中に何かが飛びつき、そうかと思えば腰に何かがしがみ付いてきた。
思わず陽介はバランスを崩しかけて、慌ててその場に踏み止まる。
なんだとぎょっと目を白黒させて振り返れば、そこには涙目の陽毬がシーツを被ったまま背中に飛びついていて、片方ではむすっとした晶馬が腰を引っ張るように掴んでいた。

「……っと、あの…お二人、さん?」

「許さないよ陽介ちゃん…」

恨めしそうな声で陽毬が低く呟く。
まるでその声は一瞬あの高慢姫様を彷彿させた。

「はいっ?」
「僕らばかりこんな恐さと苛立ち味わって…」
「ちょ、」

晶馬も晶馬でいつもと違ってやや恐い。
待って待って。これは非常にやな予感。と、陽介が焦るも、後の祭り。
兄妹はふと二人で目を合わせると、こくりとどちらともなくしっかり頷いた。

「しょうちゃん!絶対陽介ちゃん離しちゃ駄目だよ!
今日は一晩付き合ってもらうんだからっ」
「勿論だよっ、陽毬!…陽介、問答無用だからな。」
「で、でも…」

ぎろりと此方を睨む四つの瞳。
その視線に押し負けて、陽介はぐっと言葉を飲み込む。
彼らの怒りは分かる事は分かるのだ。
確かに誰だって友人等が約束の時間を大幅に過ぎて連絡も寄越さずに居たとなると心配するし、不安にもなるだろう。
誰も手をつけなかったテーブルの料理が彼らの心配をありありと見せ付けているようで、陽介は改めて胸を痛めた。

余計な心配をさせるに至った自分に確かに非があることは非がある。
それを分かっている為、出来るならば彼らのいう事に逆らう事はしたくなかった。
しかし、自分が居る事によって余計に苦々しい気持ちになる人物が居るんじゃないかと思うと素直にそれも承諾出来ず、陽介は悩んだ。
ちらと何気なく冠葉の方を見て、彼の反応を確かめようとする。
それにより、二人への対応を決めるのも遅くはない。
恐らくは、彼の場合は帰れとすぐ言うのだろうが…。

「仕方ないな、陽介。今日はここにいろ。」
「…え?」

だが意外にも、此方と目を合わせることもなく間髪いれずにあっさりと承諾したその台詞に陽介は間抜けな声を出した。
予想だにしていなかったその冠葉の言葉にぽかんとしていれば、その間に開いていた腕をぐいっと強く引っ張られる。
陽介は今度こそ体制を崩して再びその場に腰を落とした。

「うおっ、」
「これでいいか陽毬、晶馬。」
「ナイス兄貴!」
「かんちゃん、素敵!」
「…えー…」

と、言って何気なく自分の隣にちょこんと座る冠葉。
…待ってくれ。ちょっと色々待ってくれ。
陽介が困惑しながら振り返れば、冠葉はちらと此方を見た後、厳しく陽介を射抜いた。

「…俺がどんな思いで大嫌いなお前と陽毬を引き合わせるのを承諾したと思ってるんだ?
それこそ血を流す覚悟でお前の一件を許したんだ。
だが…その結果か遅れて来れなくてパーにしましょうなんて、馬鹿にしてるのか?」

なんとなく自分の腕を掴む手に徐々に力が込められている気がする。
一気に話し始めた彼に底知れぬ威圧感を感じ、ぎくりとした陽介は青褪めつつ、一応ながらに頭を下げた。

「す、すみません…い、いやでももう遅くなりますし…長居したらそれこそ迷惑」
「ほう?お前はうちに居るのは迷惑か?」
「い、いや決してそうではなく!」

そっちの迷惑じゃなくて、自分が言いたいのは冠葉達に迷惑が掛かるんじゃないかとのことだ。
声を低くする冠葉に慌てて首を左右に振って否定するも、彼はやはり揺るぎがない。

「兎に角、此処まで来たらこっちの気が許すまで居てもらうぞ。
お前が来ない間どれだけ俺が神経をすり減らしたか…!」
「ご、ごめん…」
「謝ってもらわなくてもいいさ、態度で示してもらうからな。」

ふんっと鼻息荒く眼を逸らしながら、ぽいっと片手で陽介の前に何かを投げる冠葉。
陽介は態度でと言う発言に考え込みながら、投げられたものを見て、きょとんとする。

「今日の肝試しに使おうと思っていた奴だ。」
「…ホラー映画…」

の、パッケージ。
恐らく現物は既にデッキに入っているんだろうと思えば、「実はまだ俺達も途中なもんでな」と静かに冠葉から言葉が入る。

「陽介ちゃん。…離れたら許さないよっ。」
「ひ、ひまりっ!?」

と、今度は背中に抱きついていた陽毬が自分の頬に顔を摺り寄せてくる。
あ、これは嬉しい。と不覚にもどきりとしてしまった。
その隣からは晶馬が恨めしそうな声で自分の耳元で吐息を吐いた。

「陽介、覚悟してよね。」
「か、覚悟…ですか?しょうま君…」

いつになく据わった目の晶馬が物凄く怖くて、陽介は苦笑して僅かに身を引く。
だがその反対側には自分の腕を強く握り締める冠葉が居た。

「陽介…、わかるな?」
「(…ああ、わかったよ。うん凄くわかったかんばくん。)」

つまりあれだ、これは見終わり、彼らの気が済むまで自分が恐がるまで帰さないぞ、と。

疲れた身体に鞭をうたせるような彼らの行為に、心底涙目になったものの反面、こうして四人集まる機会が失われずに安堵した。

◆とりあえず、一安心。

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