泣き笑い道化師

□I don't know the truth
1ページ/1ページ

普段バイト三昧で忙しい毎日の中でも、一日位は予定も何もない休日があったりする。
そういう時、自分はどうするかと言えば、とりあえず家の中の掃除をばばっと簡単にやってしまうか、疲れている時は何もせずに寝てしまうか、あるいは今後の食料調達の為に外に足を運ぶかを選択することになる。
その際にまず頭に置かなければならないのは陽毬の事だ。

自分が休みの日は大抵が兄達が家に居る為、逢いに行きたくても逢いにいけないことが多く、そして休みである今日もその兄達が家に居る日だった。

「(本当なら休みの日こそひまりに会って疲れを全部癒して欲しいくらいなんだけど…)」

名残惜しくそんな事を思うけれども、贅沢は言っていられない。
冠葉や晶馬だって、やっと陽毬と普通に暮らして過ごせるようになったんだから、休みの日くらいじっくり一緒に居たいだろう。
自分ばかりが立場を利用して彼女を独占する事は流石に勝手過ぎると思った。

けれども残念ながら食料はまだうちにあり、掃除もこの間家に出向いてきた晶馬がやってくれたおかげでまだ綺麗だし、だらだら過ごすにしてもそこまで体力は減っていないので少し暇になる。

ならどうするか、と考えるよりも先に陽介は洗濯物を干した後、ふらりと外に飛び出していた。
目当ての買い物は何もない。
ただ当てもなくシャバの世界に飛び込んでみたくなっただけだった。
一応財布はズボンの右ポケットに入れてきた。
もしも欲しいものがあれば、安いものなら買ってしまおうと思ったからだ。

「(そういや、居間の電球の球が切れかけてたっけ…)」

はたと自宅の不備を思い出して、陽介は電気街にでも向かうかな。と外に出て初めて目的を作る。
すると先程までぼやけて見えていた世界が、途端にぱっと色付き始めた。
そのおかげで始めて自分が先ほどまでぼんやりしていたんだなと気付く。
改めて自分の居る場所を確認して、家電量販店って何処だっけと徐に足を進めた。

とりあえず頭が場所を覚えていなくても、体が覚えていれば自然と其方の方へと足が赴くらしく、あっという間に目的地へと着く。
気づいた時には既に店内に入ってて、いらっしゃいませーと御馴染みの声を此方にかける店員にぺこりと越し低く頭を下げていた。

「さて、」

一息挿んで改めて陽介は目星の物を探し始める。
最初は店員に尋ねようとその姿を目で追ったりした。
けれども忙しそうにしている姿を見れば、どうせ時間もあるし自分でも探せるなと考え直して、辺りを見渡す。
その判断は正解だったらしく、その後迷いをする事はなくあっさりと電球の場所に行きついた。

だが、そこに行き着くも陽介の目を引いたのは求めていた電球ではなく、
反対の棚にちょこんと立て掛けてあるこの店のキャンペーン中の品だった。
電球に手を伸ばす前に、ふと横目にしたそれへと足を向けて何気なくそれらを眺めてしまう。
すると、この店のマスコットであるラッコのフィギュアがついたストラップを見つけて、陽介は彼女の兄の姿を思い浮かべた。

「(ラッコ…っていうと、かんばだなぁ。)」

そう言えばとはたと思い出して、陽介は思い出し笑いを浮かべる。
何気なくそれを手にすると「これかんばに送ったら怒られるかな」と、笑みを含んでぽつりと零した。
多分怒られるどころで済まされるなら良い所で、下手を打てば一生高倉家に出入り禁止にされてしまうかもしれないとぞっとしない事を思う。

だけどそれでも自分の思考は止まらずに、折角なんだからタツノオトシゴもないかな、と探してしまう自分が居た。
陽介は、ややあって水族館じゃないんだから。とやっとの事で思い直す。
そして持ち上げていた手を落として探すのをやめると、持っていたラッコのストラップも元の場所へと戻そうとした。
けれどもどうしてもそれを手放すのはなんだか惜しくなって、陽介は暫くそれと睨めっこをしだす。

「…別に送らなくても、俺が持ってるだけならいいか。」

そう結論付けた陽介は、冠葉に送るという頭を取りやめてそれを持ったまま迷わずレジへ向かった。
自らつけるなら、仕事用の携帯にでもつけよう。と改めてラッコを眺めて笑みを浮かべる。

「本当にタツノオトシゴがないのが悔やまれるよなあ…」

悔しげにそう呟いて、今度は水族館に行ったときは探そうと決意した。
変わりに何か双子にやれるものはないだろうかと考えて、手早く済んだレジから、袋に入った品を手に店を出た。

「さて、次は何処に行くかな…」

時間はまだまだ余裕がある。寧ろ早いくらいだ。
左手の腕時計をちらと見た後に、また当てもなく放浪するかと足を進める。
だがやはり諦めきれないタツノオトシゴが頭のどこかにあって、陽介は一人でも良いから水族館に行こうかとまで思った。

「(でも、行っても売り切れだったりしたらどうしよう…)」

一抹の不安が陽介を過ぎるが、けれども足は止まらない。
ずんずんと進みながらも複雑な心を抱えて陽介はふと辺りを見た。
その瞬間、ふと目に入った一件の店の前で足を止める。
あれ、こんな所に洋菓子店なんて出来たっけ。と小首を傾げた。
良く見れば張り紙には新作ケーキと書かれた、苺と季節の果物が色取り取りに乗った小さなケーキが描かれていた。

なんとなく陽介はそれに惹かれて、立ち止まっていた足を動かし、入り口に立つ。
だが、中に入る前に内部の様子が気になって、陽介はミラーからちらっと中を覗いた。
見れば若い男女や、子連れの親子、女性同士の客がちらほらと確認できる。
やっぱり男一人では少し入りにくいかなと思いながら、何気にケーキの入ったガラスケースの中も確認すれば、様々なケーキが揃っていて、その中で陽介が気になったあのケーキがまだ残っていた。

「ひまり、ああいうの食べるかな…」

言いながら、ぱっと脳裏に浮かぶのは愛しい愛しい彼女の姿。
妄想の中のケーキをぱくぱくと食べ尽くして「上手い、もういっぱい!」なんてコミカルに笑う陽毬の姿にくすりと笑みを零す。

「(せめて、ひまりに何か買って届けようかな…)」

兄達の目線は痛いけれども、ぱっと置いてぱっと帰るだけならそんなに彼らに迷惑はかけないだろう。
でもそうなるとやっぱり他の二人の分も必要だと考える。
先程冠葉と晶馬になにかを送りそびれた分、ケーキで挽回しようと陽介はぱっと笑顔を浮かべた。

だが、その際にケーキ店に入っていく女子とぱちりと目が合ってしまう。
あっと一瞬固まって、暫しの沈黙の後に女子は不審そうな顔をして此方を睨んでそそくさと中に入ってしまった。
…完全にあれは不審者扱いされたな。

そりゃそうだ。ウィンドウの前で気持ち悪い顔で笑う男なんぞ見かけたら、誰だってそう思うし、自分だったら通報したくなるだろう。
苦笑しながらそっと窓から離れれば、遠目で自分をじっと眺めている女性同士が目に映った。
そして此方と目線が合うと慌ててそらす。
…これ以上勘違いされるのも困りものだし、中に入っていく人たちの妨げになるだろうと、陽介はその場から小走りで逃げるように踵を返した。

本当なら、陽毬にああいう可愛らしい食べ物を送りたい所だったのだが、結局自分が馬鹿をしたせいで買いにくい雰囲気を出していけなくなってしまった。
もしかしたらさり気無く中に入って「コレください」なんていえたかもしれないのに…。

はあと気が重い溜息をつきながら再度贈り物の案が崩れてしまった事に途方にくれる。

かといって陽毬に合わせて女子ばかりが居る装飾店等に顔を出しても兄弟に逢うものは多分ないだろうし、洒落た喫茶店なんて入った事無いからわからないし、先程のように不審な目で見られるのも気が重い。

「(…なんて。
 俺って、結局一日通してもあの三人の事しか考えてないんだな。)」

ふらふらと歩き回って、やっとベンチに座った陽介は、今初めてそれに気づいた。
思えば此処に至るまでの道のりは総て自分の為ではなく、彼らの事を考えて辿ってきたもの。
というか、彼らの事を考えなければ恐らく自分はこのベンチに据わってすらいなかった。
当てのない旅をしていると思っていたのに、本来は日常の何処かに彼らを捜し求めていた。

「(多分それはもう、俺の中でなくてはならない存在になってるからなんだろうな。)」

あの三兄妹が如何に自分を占めているか、改めて陽介は認識する。
そして、もしも自分の傍から彼らが居なくなったらなんて事を想像するだけでも恐ろしくなった。
例えばそれが陽毬に他に好きな人が出来て自分と別れたとか、晶馬に女性が出来て自分との交流が浅くなったとか、冠葉が漸く素を出せる相手に巡り合えて自分が必要なくなったとか、みたいな納得がいく自分にとって良い離れ方だったとしたら、自分は少しも惜しまない。
けれども、もしも。
もしも、それが自分が想定する内で、酷く最悪な別れ方だったとしたならば、
そうしたらその時自分は、…やはり冷静ではいられないだろう。

本来ならば考えたくもない事だ。
折角陽毬が健康になって、自分との夢を果たしてくれる気になったのに。
折角陽毬が健康になって、晶馬が幸せそうに笑っているというのに。
折角陽毬が健康になって、冠葉の苦しみが少しでも和らいだというのに。

なのにそれでも考えてしまうのは、多分こういう何気ない平凡な時が幸せすぎて恐ろしくなるからだ。

「(生きた心地がしなかったあの頃よりも、今の方がもっと恐い。
 失うのが、物凄く怖い。)」

陽介は無意識に自分の拳を強く固めて、奥歯を噛み締めた。
何気なく空を見上げれば空は相変わらずにそこにあった。
淡い青色と白い雲が交じり合ってゆらゆらと揺らめいている。

「(…本当は、何もいらなかったんだ。)」

どれだけ何を求めても、どれだけ何を欲しても、
満たされるのは自分ひとりしか居ないのだから。

「(俺は、ただ見返りなく愛してるだけで十分だったのに。)」

陽毬の事を異性として愛し、
晶馬の事を友人として愛し、
冠葉を兄貴分として愛し、
それを横で眺めているだけで自分には十分すぎる幸せなのだ。

だが自分のそれに答えるかのようにして、
陽毬が自分を愛してくれるのも、
晶馬が自分を構ってくれるのも、
冠葉が自分に結局優しくしてくれるのも、
自分には勿体無い寵愛だと全部、自分にはそれも幸せすぎて恐かった。

「(陽毬は俺には勿体無い女性なんだ。俺と陽毬がつりあわないことは知ってるんだ。でも、陽毬は優しく俺を愛してくれる。)」

「(晶馬は本当は俺に思う所があるのに、陽毬が笑ってくれるからと俺を優しく許してくれる。接してくれる。笑ってくれる。)」

「(冠葉だって、本当は俺の事嫌いなくせに、なんだかんだで俺を見捨てない優しい所があって、)」

三人が皆優しすぎるから、自分はそれに甘えてしまう。
甘えてしまって彼らの本当の傷に一つも気づけない。
彼らが中途半端に自分に優しくしてくれるから、その笑顔の裏で渦巻く何かに気付けなくてもどかしいのだ。

なのに自分はやはりその優しさが確かに嬉しいのだ。

「(俺にとってなくてはならない存在だから、大切にしたい。
 したいのに…、)」

彼らはこんな甘受している自分に愛をくれるのに、自分は何一つ彼らに出来ない。
きっとそれは、いざ彼らが離れて行ってしまう時が来ても同じなんだろうと考えて悔しくなった。
そして同時に、泣き崩れてしまいたい気持ちになる。

ふと、今日買った品を横目にして陽介は一旦瞼を閉じる。

「(何かをしてあげたいのに、やっぱり何も出来ないんだな俺は。)」

袋の中では自分の為の電球と、あげるのを止めたストラップだけ。
思うだけ思っても何も出来ない自分は、本当に無力だった。

◆なにかしたい、なんにもできない

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ