泣き笑い道化師

□傍に居て欲しい、それだけ
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「36.5分、…大体平熱だな。」
「おー、下がった下がった。いやー本当これでひと安心だな。」
「笑い事じゃねえよ、馬鹿。」

布団から起き上がり、自分の手から奪い取った体温計を確認した冠葉は、びしっと頭部にチョップを繰り出してきた。
その衝撃に自分は「痛ッ」と声を上げるも、彼はふんっと鼻を鳴らして「能天気め」と悪態を吐いていた。
下がったんだからいいじゃないか、と不服そうに呟いて、陽介は一撃を受けた部分を静かに摩る。

「なにがいいじゃないか、だ。人の家でぶっ倒れておいて、よくもそんな気楽な事をいえるなこのすっとぼけが。」
「…そ、それにつきましては、…確かに反論する言葉がございませんが、」
「ケッ。」

事の発端は数日前の事。
いつも通りにバイト三昧の日々を過ごしていた陽介は、その過程で疲れが祟って風邪を引いたらしかった。
本人としては、ちょっとした咳は出ていたのだが、大した事はないだろう。と気にする事無くバイトを続け、医者にも行かずに居た。

だがしかし、思い込みでは病魔に勝てず、久し振りに高倉家に顔を出していつも通りに届け物をした所、結果彼らの家の中で倒れてしまったのだ。

それからは冠葉が自分を家まで運んでくれて、わざわざ看病をしてくれたらしく…冠葉曰く一日は熱に魘されていつもの見る影も無かったと疲れ果てて言われた。

「かんば、風邪うつってないか?」
「さあ、どうだろうな。大体うつるほどお前と接触なんかしてないから安心しろ。」
「そか、ならいいや。」

相変わらずに言葉に棘があるが、ご愛嬌だし慣れたもの。
此処最近、昔に比べて彼と接触することが多くなったために最早その悪態もただの挨拶のような物と同等に思えるようになっていった。
寧ろ、変にその言葉を鵜呑みにして悲しむと、逆に向こうの方が気にすると言うのが最近やっとわかったのだ。
だから全部を本気にはせずに、さらっと受け流すのが一番良い事なのだとやっと疎い頭で理解した。
そうすれば、冠葉も相変わらず態度は素っ気無いものの、きちんと会話だけは返してくれるようになった今。

「ひまりとしょうまは?どう、大丈夫そう?」
「この俺が目を輝かせているのに無事じゃない訳がないだろ。陽毬は家でばっちりご飯の用意してくれてるし、晶馬は今日何事もなく学校に行って何事もなく帰ってきた。」

体温計をふるふると上下に振りながら、冠葉は問いかけにあっさり答える。
自分は二人の現状にホッとしながら、額に当ててあった取れ掛けの冷えピタを完全に取り去った。
こうしてこれが自然と取れるという事はもう熱もない証拠だろう。

「そっか、でもかんばには悪い事したな…学校休ませてまで俺の面倒、」
「勘違いするな。俺がお前の面倒見てやらないと、必然的に陽毬が面倒を見ることになる。そして、その陽毬を心配した晶馬がやっぱりお前の面倒を見ることになる。
俺はそれが許せなかったから、仕方なくお前の面倒を見てやっただけだ。」

申し訳なさそうに彼に言おうとした一言を途中で遮られ、きっぱりとした口調でにべもなく切り捨てられた。
冠葉は陽介の手の中の冷えピタを奪い取ると丸めてゴミ箱に入れて、枕の近くに置いてあった新しい冷えピタを取る。
唖然としていた陽介は、我に返りもう大丈夫だと伝えようとするも相手の溜息に掻き消された。

「大体、そうでもなきゃ自己管理も成ってない馬鹿な奴をどうして俺が面倒見ると?」
「……仰るとおりで。」
「ふん。」

相変わらずのその態度にやはり押され気味になりつつも、こうしてまともに返答が帰ってくることは嬉しかったりした。
へらりと陽介が笑みを浮かべれば、「もう寝てろ」と、ぐいっと強めに肩を押された。
そのまま再び布団に逆戻りされかけ、陽介は目をぱちくりさせる。
いやいや。と、その手を制して自分はかぶりを振ると、冠葉は不服な顔をして手を止めた。

「大分楽になったし、もう平気だよ。」
「そういう治り際こそが一番危ないんだよ、自分じゃいいって思ってるかもしれないけど、お前普段に比べりゃまだ顔色悪いからな。
いいから黙って寝てろ今すぐ寝てろ寝ろったら寝てろ、さあ寝てろ。」
「お、横暴な、」

喧しい、と一蹴されて今度は両手で両肩を掴まれて、無理矢理体重をかけられた。
本来ならば彼を振り払う事、あるいは対等の力で押し返すことも出来たのだが、やはり病み上がりで身体に力が入らないのとまた風邪がぶり返したら彼に迷惑が掛かるのではないかという事を思えば逆らえずに居た。
仕方なくそのまま布団に身体を預けられ、埋められる。
その上から毛布を乱暴に身体にかけられて、額には新しい冷えピタをぺしっと貼られた。

「何が横暴だ。お前、ちょっと良くなったって思えば調子に乗ってすぐ動き出すから、無理矢理寝させるくらいで調度いいんだよ馬鹿。
これが晶馬でも同じことをしただろうよ。」

あえてそこで陽毬を引き合いに出さず、ふんと鼻を鳴らす冠葉。
陽介は苦笑しながら、「色々ご迷惑かけます」と寝ながらぺこりと頭を下げる。

「…大体、体調悪いならなんでもっと早くに言わなかったんだ。
こっちに遠慮して隠し通すとか、正直かなり気分悪いんだが。」
「あー…それは、ごめん。いや本当、悪かった。」

自分とてよもや幼馴染の家で倒れるほどまでに体調が悪いだなんて思っても見なかったのだ。
ただでさえ此処二年間は全く風邪もひかなければ、体調不良に陥ることさえなかったのに。
それこそ、調度三日前に晶馬と他愛ない話の最中で「馬鹿は風邪を引かないって本当だよね」とさらっと嫌味を言われたばかりだったというのに。

「お前本当に放っといたら何処かで死んでそうな奴だよな。」
「そうか?」
「そうだ。」

ぽつりと零したその冠葉の言葉に的を得ず、陽介は目をぱちくりする。
こくりと頷いた冠葉は、何かを言いたげにじっと此方を見ていたが、一度口を開こうとして、そしてやめた。

「俺としてはかんばの方が心配だけどな。」
「あ?」

「突っ走ったまま戻ってこなさそう。」

ふと思ったことを素直に口にすれば、冠葉が一瞬強張った、…ように見えた。
見れば彼は途端に真顔になって、なんだそれ。と変わらぬ声色で話す。

「変な事言う奴だな、…って、元からか。」

笑い話にしようとする冠葉に、すかさず陽介は話を重ねる。

「かんばは俺以上に自分の事なんて二の次で、まったく考えちゃいないだろ。
それどころか、弟妹の為なら自分すら犠牲にして頑張っちゃうし…今だって、そうだし。」

こうして二人の代わりに、二人を庇ってこうして自分の面倒を見てくれているのがその答えだと思う。
自分が風邪を引くかもしれないリスクを負っているのに、それでも構わずに弟妹を動かせない為に動その優しさと、そして垣間見える危うさ。

「俺さ、かんばのそういう優しさ大好きだ。
二人の為に自分の身を投げ打つ姿はカッコいいし男として憧れるし、やっぱそこまで出来るのって凄いなぁって純粋に尊敬する。」
「…おだてても何も出ないっつーの。」

ふんっと顔を背ける冠葉に、本音だよ。と陽介は笑う。
実際今言ったことは総て本音だ。自分には出来ないことをさらっとやってのける彼は、素直に尊敬できる存在だし、見惚れたりした。

「だけど、……たまにその凄さが危うくて、恐くて、そんで危なっかしく見えるんだ。」

むっくりと起き上がって、冠葉を見つめる。
冠葉はそれに気づくと、はっとしてだから寝てろってと自分の肩を掴もうとする。
その手を自分の掌が受け止めて、ぎゅっと握った。
僅かに瞳を揺らがせながら、冠葉は苦虫を噛み潰したような顔をする。

彼は確かに強いし、尊敬する人物だ。
しかし、その強さの裏側に時折見せるふっと何処かに消えそうな儚さに、正直ぞくりとしたりもした。
それは恐らく、あの日一度陽毬を失ったその日から。

「…たまにさ、白昼夢って言うのか。お前達が居なくなることを考えて凄くぞっとする事がある。
その時、真っ先に居なくなるのはまずお前なんだ。」

頼れとは言わないし、言えない。
彼にとって自分はそこまでの存在ではないと知っているから。
だけれども、せめて、少しでもいいから自分を頼って欲しかった。

「…陽介。お前、そんな事考えるなんて馬鹿だろ絶対。」

冠葉は言い難そうに釣り目がちな瞳を僅かに下げた。
その発言にむっとして自分は「馬鹿とはなんだ」と顔を歪めて彼を睨む。

「…俺に何かあった時はそうなる前にいつでもお前が、護ってくれるんだろ?」

「……え。」

一瞬何を言われたのかわからなくて、暫し思考を凍結させてから、ゆっくりと顔を上げて彼に向きかえる。
冠葉は、ぱちりと目が逢った途端に慌ててそらし唸り声を上げた。

「あー……!だ、だから…お前、前に俺に男に言うようなモンじゃない事を長々と言ってただろうが、護るとか如何とか。」
「…あ、ああ。」

ああ、確かに言った。
自分はそれを忘れていない。忘れるつもりもない。
だがまさか、彼の方からそれを口にしてくるとは思いも寄らず、自分は心底驚いてしまった。

「言っておくがな、俺はお前を頼りにしてる訳じゃない。けど一応その言葉だけは信じてやっているんだ。
だから信じて、…まあ、程ほどに安心して…何処にでも走っていけるし、どんな無茶も出来る。
…今は、あんまり無茶してないけどな。
つか、しても殆どお前に言ってる。」

一応此方に気を使って、最後に付け加える冠葉。
自分はそれにもしかして、女の子の記憶がなくなったとかそう言う事とか?とふと彼が以前ポツリと話した話を思い出す。
冠葉は僅かにぼそぼそと呟いて、ごほんと咳払いをした。

「だから、俺が折角信用してやってるのに、お前がそれを打ち砕くようなこと考えてんじゃねえよ。
いざって時には……まあ、その、なんだ。お前に護って貰う事くらいは素直に容認する予定なんだからな。」

お前がそんなだと、俺の方の決心が鈍る。
そう言われてやっと我に返った自分は慌てて彼に詰め寄った。

「護るよ。絶対。」

再度、決意を確りとして告げる。

「ひまりやしょうまを護るかんばを、俺が必ず護る。支える。」

例えどんな誰かを救えなかったとしても、例え自分の手には余るほどの救世だとしても、それでも自分は高倉家の人々を、そして叶うならば陽毬を、晶馬を、そして、何よりも誰かの為に一心不乱に動く冠葉を全力で救いたかった。
その答えを聞くと、冠葉は満足したように強気な笑みを浮かべる。

「なら変な事考えてんじゃねえ。
俺はお前がそう決意したならお前に護られて、お前の目の届かない所に行くわけないだろ。
…それに俺が何処に行こうとも、どんな無茶しようとも、お前はどうせ何処にでもやってくるんだろ。…違うか?」
「……いいや、違わない。」

とんとん、と自分の胸を指で突く彼にぽかんとしながら素直にほっとする。
そうか。と自分は薄ら笑みを浮かべた。
そうだ。その通りだったんだ。
悩むことはない。
ただ自分はどんな不安に駆られても、その不安を打ち消して、真っ直ぐに彼を護ればよかったのだ。

「…お前は本当に、否定しろっつーのに。」

ったくもう、と呆れたように話す冠葉は、何が可笑しいのか突然ぷっと笑い出して、口角を吊り上げた。
珍しいその様子に思わず自分は面食らって、ぽかんと口を開いた。
こんな風に冠葉が笑う所を見たのなんて、久々と言えば久々だったから。
だからこそ、余計に嬉しくなって。だからこそ、自分の放った言葉に責任を持って、彼を本気で守りたいと言う気持ちがよりいっそう深くなった。

「あのさ、俺全然頼りないし、やっぱりお前にこうして迷惑かけてるだけあるけど、でもお前を支えたいって言う気持ちはやっぱりあるから。」

まだいうか、とやや照れ臭そうに頬を染める冠葉に構わず更に自分は言葉を重ねる。

「だからお前が何処に行っても絶対ついてくし、絶対にひまりやしょうまの元で笑わせる。
俺は笑ってるお前らが何より好きだから。」

誰が笑っていなくても、陽毬や晶馬、そして冠葉の三人が笑っていてくれればそれでいい。
その為ならば自分は何処までも三人に振り回されてもいいし、何処までだってついていく。
その果てに何が待ち受けているかわからないが、それでも一度彼らの幸せを願ったのならば最後まで着いていきたいと思っていた。

「言っておくが、俺は一筋縄じゃいかないからな。」
「…うん?」
「例え一度お前に見つかろうとも、俺は簡単にはお前に捕まらんと思うぞ。」
「なら俺が更に追いかけていけばいいだけの話だろ。」
「…追いかけられなくなるまで逃げる。」
「それはないから、俺はずっと追いかける。」
「追いかけてこないようにトラップでも仕掛ける。」
「じゃー、トラップも飛び越える。」

それを聞くなり、再び冠葉は屈託なく笑った。

「ストーカーか、」
「そんだけかんばが心配で好きだって分かれよ。」
「男に好かれたって嬉しくもなんともねーんだよ。」
「そんなん俺だってそうだ。つか普通はそうだ。」

その中でただ単純に性別とか関係なく、自分は彼が大事で心配で、大好きで護りたいと言うだけなんだ。
それを伝えれば、冠葉は間を開けてから再び「寝てろ」と自分の頭に拳骨を食らわせた。

◆例えばこんな交友関係

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