□正常判断不可能意識
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見知らぬ男に浚われて一体何日過ぎて、一体今はいつくらいになるのかもう判断できない。
薄暗いコンクリートに囲まれた中では時刻を確認する事も、今が朝なのか夜なのか判別する事すら難しかった。
助けがくるかどうかも分からないのに叫び続けても無理だと悟り、
けれども心の中に浮かぶ僅かな希望を捨てきれず、彼に対する憎しみを日々募らせていくばかり。

テレビ等で良く見た監禁という文字がこんなにも身近に感じるものだとは思わずに、白野は今日もぼんやりと薄汚い壁を眺める。
手首には散々抵抗して縄を引きちぎろうとして出来た赤い傷痕。
痛々しく擦り剥けた素肌からは朱色の皮膚が見え隠れして、じわじわと彼女の痛覚に刺激を与えていた。
けれどもその痛みすらももう如何でも良くなるほどに、彼女の思考はすり減らされてしまっていた。

彼に幸せを吸い尽くされてただ生かされていると言うだけの存在。
それが今の自分だと理解して、彼女は先程まで素肌の身体にかけていた布切れ一枚を落として、白い天井からなんら変わらぬ薄汚れた壁へと視線を向けた。
この分厚い壁の遠くには、普段見ていた在り来たりな青空の姿があるのだろうか。
いつもそこにあった普通の景色が見えるのだろうか。
疎ましく思っていた人混みがそこにあるのだろうか。

見えもしない世界を壁の奥底へと夢見て、白野は憮然として体の力をなくす。
すると、彼女の隣で自分の幸せを吸い尽くして満足になった少年のような青年が身動ぎした。
自分よりかは厚着である彼を見下げて、白野はその存在に意識を逸らすと、疲弊した頭でぼんやり考える。

もしも今、彼を殺したら、そうしたら自分は解放される。
こうして無防備に自分の隣で寝ている彼の首を全体重をかけて圧迫すれば、あるいは口を押さえたら、あるいは、あるいは、そうしたら。

「出来ないでしょ、白野には。」

ぐるぐると彼女の中を渦巻く憎悪。
それを察したかのようにパチッと龍之介の瞼が開き、眼前の白野を射抜く。
彼の行動にぎくりと驚いた白野は身体を強張らせる。
じっと彼女を見つめていた龍之介の切れ目が輝き、まるで恋人にでもするかのように腕を上げて白野の後頭部を抱き寄せる。
顔を近づけてくると、唇を重ねる寸前で嘲笑うように囁いた。

「出来やしないよ、ずっとね。」

そう、その通り。
実行しようと先程と同じ事を考えたのはこれで一体何度目だろうか。
初めてあのような事を考え始めたのは一体どの位前の事だっただろか。
幾ら彼を憎んでも、憎んでも、実行する事は一度もない。

それは圧倒的力の差を恐怖して把握しているからか、それとも単純に逆らう気力すらもないのか。
何一つとして理解する事は不能すぎて、自分自身ですら可笑しいと思うほど。
けれども一つ確かな事は、自分はこの境遇を不満に思えども、憎めども、決して不幸だとは思っていないという事だった。

◆愛しては居ない、けれど

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