□彼女が彼らに抱く当惑
1ページ/1ページ


その日のセイバーはとても気分が宜しくなかった。
彼女の本来の主に無視される事はいつも通りだし、金ぴかとキャスターにストーカーされるのもいつもの事、アイリスフィールと共に外出するのもいつもの事で、彼女にとってはなんら変わりのない普通の日々に過ぎなかった。

けれど、普段以上に、普通以上に彼女が気分を害すような結果になった原因は、恐らくは様々に自分に降りかかる災難によるものではない。
どちらかと言うとただの他所事によってだった。

数時間前、アイリスフィールの買い物に付き合って、何気ない買い物を済ませていたセイバーは、買い忘れをしたと言う彼女を待って、車に背を預けていた。

「あの人にちょっと買って帰りたいものがあるの、セイバーには後で肉まん買ってあげるから…おねがい!ちょっと待ってて。」

両手を合わせてそう謝られれば、セイバーも彼女の夫を愛する思いに敵わず承諾する他なかった。

「(尤も、彼女の考えを否定する気すらもないのだが…)」

フッと笑ったセイバーは、素直に彼女を待つ間、ぼんやりと何気なく周囲に眼を逸らしていた。
街中で見覚えのある二人の姿を目撃してあっと自然と声を洩らす。

その正体はランサーと、その主である白野の姿で。
それはどちらも個人別々に性別は違えども、自分の友人と呼ぶには相応しい人物同士で、セイバーは何気なく彼らを目で追った。

本来ならば声をかけたいくらいの気持ちであったものの、けれども声をかけるにしても距離は遠く、もしかしたら気づいてもらえないほどであった為にややあって考えを落ち着かせる。

已む無く遠目で彼らを見守るだけにして、セイバーは白野とランサーの背中を見守った。
それだけでも分かる彼らの二人だけの世界に至ったような雰囲気に、セイバーは内心で見守るだけにして良かったと思う。
けれどその反面、ざわざわと落ち着かない胸のうちがあって、彼が彼女に笑いかけるたび、彼女が彼に笑いかけるたび、セイバーは何故かもやっとした。

ただ会話をしているだけであるのに、時折、熱望するような視線で彼女を眺めるランサー。
けれど彼女はそれに気づく事無く、あるいは気づかれる前にふっと輝きを消失させ自ら覆い隠す。
器用なものだと思いながらも彼の徹底した素振りに感服した。

「(どこまで足掻いても騎士であろうとしているのか、……それにしては、)」

だがしかし、それにしてはあまりにも彼女の騎士としてあるべき姿には聊か綻びが目立ちすぎる。

例えば、主の考えに従う姿を見せながらも、個人の気に入らぬ事があれば口八丁で彼女をねじ伏せ良いように彼女を操り。
例えば、彼女に相応しい人物があればと言っているものの、それに近しい存在が現れるたびに彼女から無意識に引き離そうとしたり。

まるで彼女に関わる彼は決して一介の騎士ではなく、極普通の何処にでも居る青年と錯覚しても不思議ではないほど。
彼女は勿論、恐らくは彼自身ですらも気づいていないのだろうが。

白野に対して主を求めつつも、何処かでは異性を意識して女性を求めている。
それが決定的な彼の弱みだった。
恐らくそこをつかれれば、確実に彼は崩れ落ちてしまうだろう。

「(そんな弱みで、彼女を護る事なんて、本当に可能なのだろうか…。)」

ぼんやりとセイバーはランサーを見て、ふと心の内に浮かんだ疑問に眉間に皺を寄せた。
だが、こんな事を勝手に考えてはいるが、もしすればあれは男女間に存在する恋などではないのではないかとも思う。
ただ単純に、彼女に対して甘い顔を見せすぎるのは親心からとも考えられなくはない。
あるいは信頼しすぎるゆえの態度とも取れる。
でなければあれだけ忠義に忠実な彼がそう容易く主である存在にあのような態度を見せるなど、そんな事は、きっと多分。ない。
……ない。

自分に言い聞かせるようにして心の中で復唱し、セイバーは自然と胸を押さえる。

「…ねえ、セイバー。いつも言いたいんだけど、貴女っていったいどちらに嫉妬しているの?」

帰って来たアイリスフィールに先程の話をすれば、彼女がそう告げてきた。
それは普段通りに冷やかすような口調ではなく、心から不思議に思ったような落ち着いた疑問符。
振り返ればじっとセイバーを見つめるアイリスフィールがそこに居て、セイバーはその瞳の奥の真摯さに敵わず口を閉ざした。
どちらに嫉妬しているか?どちらを羨望しているか?
嫉妬とは得てして理解できない考えであったが、けれども否定は出来なかった。

…そんなのは、自分こそが理解しがたい問題だ。

セイバーは混乱する自身の脳内だけで、そう嘆いた。

◆求めてやまない答え

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ