□従者の結末
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遠くから見つめているだけで良い。
秘めているだけで十分だ。
そう自分が判断して決意したのは。自身の心を限界まで押し留めてたのは、それは間違いだったのか。
以前に誓った決断を、悔やみながらも、けれども貫き通していれば、気付けば彼女はこの手を離れていた。

いまや彼女の双眸に映るのは自分ではなく、彼女が手を差し伸べるのは自分ではない。
必死に救いを求めるのも、必死に救いを為そうとするのも、それらは総て別の存在に向けられたもの。

彼女が誰かの事を話す日々は増えた。
楽しそうに、時に腹立たしそうに、時に辛そうに、確実にその誰かに対して一喜一憂している事は明白だった。
その中には実に女性らしい、自分では見ることが出来なかった彼女の姿が見え隠れして、並びに苦手としていた洒落っ気も好んで行うようになった。
それは確実に女性が異性によって変わっていく過程に間違いなく、ランサーはやはり複雑な心境を得た。

けれども内心、ほっとする部分もあった。
彼女が自分以外の誰かを思うことがあるならば、それ以上自分も彼女に執着を残す事もなく、同時に彼女が自分に執着を抱いて悲しむ事はないと自惚れたからだ。

「その方は、主に愛されて幸せでしょう。」

一度、受け入れようと彼女にそう口にした事があった。
相変わらず人の真意を直ぐに理解できることの出来ない彼女は、従者に認められたと素直に思って笑みを浮かべる。

 ありがとう。

そう普段と、自分に向ける笑みと変わらず彼女がそう自分に感謝を言うものだから、自身の胸は激しく痛んだ。
部屋から出て行く寸前に、思い出したように白野が此方にくるっと振り返り小さく頭を下げてはにかむ。

 ランサーのおかげだよ。

そう言って彼女はパタンと扉を閉めた。
去り際に、それは卑怯ではないか。とランサーは呆然としていた。
勿論そう思っても言う相手はもうここに居らず。結局最後の最後まで彼女が彼の心からこびり付いて離れる事はなかった。
きゅうと胸が詰まる。
一人になったことで襲ってきた寂しさと苦しさから逃れるように勢いづいてソファに腰を下ろす。僅かにソファが軋む音を立てる。
同じように、いや、それ以上に彼の心も大きく軋んだ。

◆とき既に遅し

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