□崩れる均等関係
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心の奥底では、英雄王にとっての白野というのは、ただの戯れに過ぎない侍女に近い存在に過ぎないのだと認識している部分がランサーにはあった。
その答えはどうやら彼の中の考えとも一致していたらしく、彼自身もそれに対してなんら反論する事はなく、当然のようにランサーの憶測を受け入れた。

「貴様如きに勝手に人の関係をどうのと言われる筋合いはないが、だがしかし貴様の言う我からあれへの印象は間違ってはおらん。
所詮はアレは我の輝きを引き立たせる為の装飾にしか過ぎん。
我にとってはそれ以上も以下もない。」

さらっと彼が吐いたその肯定に、ランサーは心なしか安堵して穏やかに「そうか」と頷いた。
やはり案の定、彼にとっての彼女と言うのはその程度の関係に過ぎないのだろう、と自身の中の確証のない疑惑に確信を持って、ランサーはその話を切り上げようとした。

「……しかし、まあ……女としては存外不思議と楽しめる奴だった、がな…。」

ぼそりと、彼がよく聞かねば聞き落とすような小さな声で囁くまで。

一瞬聞き違いかと思うほどのあまりにも彼らしくないその言葉。
素直にそのような柔らか味のあることを口走ったものだから、ランサーはつい絶句して間抜けに口を開いてしまう。
けれども相手は気付く事無く、何処か。此処には居ない何かを見つめていつもの不敵な笑みよりも、邪気の無い笑みを浮かべていた。

その横顔は、悔しくもランサーには良く見覚えがあった。
我が主と共に居る時に、不意に自分自身が見せるものに類似していたから。

「(何故、今、)」

どうして此処で気付くのだ、それに。
何故今更、そのような事を。

もし彼がいつものように自分に悪態の一つでも吐いてくれれば、自分は気兼ねなく彼に苛立ちと、衝動をぶつけることが出来たやも知れない。
あるいは、その後に続く主を嘲笑うような暴言でもいつも通りに口にしてくれれば、少しは。
けれども此方の思惑とは大きく食い違い、彼は穏やかな佇まいを見せて取り乱す素振りもない。

「(普段通りに冗談だと、ただの遊びだと真剣にならずに居てくれるならば、それで流せるものなのに。)」

もやもやと腹の奥底に湧き上がる不快な心地。
話を終えてもそれは一切として消えることはなくく形を残し、それによってだが。と、まさか。が交錯した。

またいつものように、ただ自分をからかって楽しむだけに違いないと。
そうでなければ。

「おい、白野。
膝を貸せ。我を寝かせろ。」

普段通りに高揚としたギルガメッシュが彼女に声をかけて答えを聞かぬうちから彼女に接触を試みる。
これまた普段通りに本を読んでいた主は、はいはい、と幼子でもあやすかのように容易く彼を受け入れる。

その瞬間に、途端に息が苦しくなった。
今までただの彼の横暴だと見過ごしていた景色も、彼の真意を知った瞬間見方が別のものに変わってしまう。

幸いなのは彼女が唯一その事に気づいていない事だけれども、もしも彼の腹の内が彼女に知られたら。

そう思った瞬間、嫌な汗がどっと吹き出た。
同時に鳴り響く心音。
ぎゅっと唇を噛み締めてランサーは嫌な意味での胸の高鳴りに堪えきれずに顔を歪めた。

 ランサー、ちょっと頼みごといい?

すると自己の世界に入り込んでいたランサーを引き戻すのは彼の悩みの一因でもある主。
ランサーはすぐさま顔を上げて、白野にどうしたのかと尋ねる。
適当に英雄王をあしらった彼女は、紅茶を、そしてワインを淹れに行こうと自分を誘ったのだ。
酒の取り扱いの際には必ず自分を通せと普段から彼女に約束していた事が守られた事には喜ばしく思う。けれども心から感極まる事は出来なかった。

「…え、ええ。勿論。構いませんよ。」

彼女を誘導しながら部屋から出て行こうとすれば、突き刺すような視線を背中に感じた。
それが一体誰からのものなのかなんて考えるまでもなく。
それ以上考えたくもなく、ランサーは普段以上に素早くその場から立ち去った。

一歩一歩と足を進めながらも、胸に溜まる暗く重い固まり。
それと対照的に前を歩く彼女は明朗で足取りも軽やかだ。

やがてキッチンに辿り着くと、彼女はお目当ての品をてきぱきと取り出し、二人分のカップと一人用のワイングラスを取り出す。
そんな彼女を手伝いもせずに、珍しくランサーはじっと後ろを見ていた。

 ランサー、珈琲が良い?紅茶だっけ?

「貴女が入れてくださるのならばどちらでも構いません。」

さて、この家のキッチンの扉には鍵と言うものが付いている。
適当な会話を交わしたランサーはその鍵を閉めてから、何食わぬ顔をして彼女の代わりにワインを持つ。
二人分の紅茶を乗せたお盆を持ちながら、出来たとはしゃぐと白野は扉に手を掛けた。
けれどもドアノブをまわしても扉が開かない。
当たり前だ。先程ランサーが鍵をかけたのだから。けれどもそれに気づかない彼女は、あれ?と不審に思って目をぱちくりさせる。
もう一度ドアノブを回した後に、やっと鍵がかかっている事に気付くと、一旦紅茶のお盆を机に置いて再度鍵に手を掛けた。
ことんとワインを置いたランサーはそれを見守ると、彼女に後ろから近づき、その華奢な掌に自分の手を重ね合わせる。

 ランサー?

不思議そうな彼女の声。
けれども何も答えない。
答えたらその瞬間、また偽りの自分が顔を出して、無理矢理彼女に笑顔を作り出してしまいそうだったからだ。
彼女の手首をぎゅっと掴むと、もう片方の手で扉を押さえつけて、彼女の身体を逃がさぬように軽く拘束する。

扉のすぐ外には誰かが居る気配がした。
それが一体誰かを知りつつも、けれども、あえてそれを彼女にも伝えず、また自分も無視をした。
今は眼前の難敵しか彼の目には映っていなかったのだから。

 …ランサー?

やや怯えた声で彼女が尋ねる。僅かにそれには動揺の色が見えた。
内側から刃を突き立てられたように胸が痛む反面、いつにない彼女の狼狽する姿に微弱な昂りを覚えた。

◆このままどうにかしてしまえたら

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