□暫しの別れまで
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「悪戯してやりたいくらい良い顔で寝てやがって、」

眠る少女の横顔を眺めながら、緑青の弓兵はがしがしと頭を掻いた。
本来ならば彼女と共に眠っているはずだったのだが、一度目覚めてしまった彼は直ぐに瞼を閉じる事もできず、かと言ってやる事もなく、ただ横たわる彼女の寝顔を眺める他なかった。

「なんでこうなっちまったかね。」

アーチャーは嘆くように苦笑いを浮かべて、自分の状況を改める。
そもそもに、こうして本来は主でもなんでもない敵対する相手の傍に自分がいるなんて事、夢にも思うことなんてなかった。
彼女の本来のサーヴァントである苛烈な赤い騎士は今は自分の元マスターの所に居る。
何故そんな事になっているのかと言えば、
少し前、セラフに何らかのバグがあったらしく、何故か戦闘の真っ最中に自分達の意思は関係なくサーヴァント同士が交換し合う結果になってしまった。
これでは手を下すにも安易に下せない。と、判断して一旦その場は退き、元の主従に戻るまで対策を考えるべき事になったのだが…。
如何せん、少しも解決策は見えてこないままだった。

狼狽しながら関係者に話をすれば、何しろ類を見ない例なので詳しい事は分からないが、取り合えず自分達の戦闘は一旦先に延ばすと猶予をくれた。

「(つーかこんな無茶苦茶でおかしいバグあんのかよ。幾らなんでも横暴すぎだろ、こんなの。)」

やりきれない気持ちでチッと舌打ちを溢して、アーチャーは疑念を持つ。
けれども考えた所でこの無茶苦茶な状況は変わらず、また幾ら考えても掴めない。
早く元の主である老兵の元に戻り、さっさと目の前に居る仮のマスターを打ち破り、聖杯戦争を進めていかねばならないと言うのに。

そう焦燥する気持ちがあれども、裏腹に日ばかりはどんどんと過ぎていく。
相手のほうにも最初は動揺が確実に見られたが、慣れてしまえば驚くほどに順応が高く、最早今では自分を警戒することすらもなくなっていた。

なんて愚かだと彼女を嘲笑いはしつつも、悔しい事に、自分自身確かに楽しいと心沸き立つ思いがあるのが納得出来なかった。
彼女と過ごす日数が増えるごとに、次第にそれを楽しむ心まで持つようになった。

「(何考えてんだか…、所詮は他人のマスターだぜ。)」

自嘲気味に吐けども、心の底から拭える訳もなく。

何れは殺しあわねばならない相手だというのに、最初は切り捨てる覚悟が出来た心が、今では何故か考える事自体が酷く恐ろしく不安で踏ん切りがつかなかった。
そんな風に変わってしまったのは、恐らく過ごした日々が長すぎたおかけで、けれどもそう感じてしまったのは日々だけではなく恐らく彼女の柔軟すぎる優しさのせい。
一度自分は彼女を手にかけそうになったと言うのに。
だから、これ以上情が移ってしまう前に、早く彼女から離れたかった。
なのに自分の本来のマスターと彼女の本来の従者は、案外上手くやっているようで時折笑みを交し合う姿を目にしたことがあった。
そんな顔を見せられれば、こんな風に焦って悩んでいるのは自分だけなのかと更に思い知らされるようで、空しくなる。

「(人が悩んでる間、能天気な奴らばっかりで参るっつーの。)」

複雑に絡み合う自身の感情をどう纏めたら良いか分からず、ちらとアーチャーは現時点でのマスターである白野に視線を向けた。
すうすうと何も知らずに眠りこけている彼女を目に入れれば、殺伐と抱いていた感情が嘘のように和らぎ、感情の篭らぬ舌打ちをした。

「ああもう、畜生。このお嬢さん、マジで無防備すぎるだろ。
寝首かかれるとか思わないのか。どうせ俺は他人のサーヴァントなのに。
どうせ、明日になったらもう敵になってるかもしれないのに。
こいつ、本当に頭弱すぎだろ。馬鹿。本当に間抜けだ。」

夢の世界の住人に届くことはないと知りつつ、思いつく限りの悪態を吐き捨てながら、徐々に肥大した心を軽くしていく。
アーチャーは、一通りの事を言い終えると自然に笑みを浮かべた。

「………ま、仕方ねえから明日もよろしく頼むわ。」

起こさないように力加減をして、こつんと彼女の額を指で突いた。
僅かに白野が身じろぐも、彼女は何の変化もなく眠りの世界に陥った。

◆暫しの夢

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