□あらゆる意味で心臓に悪い
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何気無い紙が凶器に変わり、すぱっと自分の指に噛み付いた。
指先に感じた些細な痛みと、全身が怖気立つようなひやっとする寒さを感じて、思わずぱっと紙を落とす。
ひらひらと床に落ちて言った白い用紙は、端っこに赤い染みをつけて何の変哲も無い紙へと変貌していった。
印象的な赤を見て、恐る恐ると指先を確認しようとする。
その瞬間、示し合わせたようにじわ、と指先からは血が滲んだ。

「主ッ、」

自分よりも先に気がついた従者がぎょっとして叫ぶ。
未だに切り傷を作った時のぞわぞわとする感覚が消えず、呆然と立ち尽くしていればランサーが自分の手を掴んだ。

「お怪我は?ご無事ですか?一体何を為さっているんです。」

大袈裟な位に慌てふためく彼の姿に安堵しながら、大丈夫と苦笑を浮かべる。
正直な所、痛みよりもあの不快な感覚の方が自分の心を占めていて痛みを覚えるのは遅かった。

「貴女という人は……。」

相変わらずのお説教モードに入ろうとする彼に縮こまりながら、自分はごめんなさいと素直に謝る。

「…本当に、貴女は心臓に悪いお方だ。
幾ら紙とはいえども、時にはこのように牙を向く事がある。
扱いには気をつけて、もっと注意力を養って……
血が垂れますね、このままでは。」

ぱっと自分の手を取ったランサーはやはりむすっとしながら、何気なく指を自身の口元に持っていこうとした。
彼の小言に怯えつつも、さり気無く無意識に口に咥えようとする彼に、ぎくりとして咄嗟に声を荒げた。

 ちょ、ま…ランサー。そこまでは……

ぽんぽんと彼の腕を叩くと、彼はきょとんとして自分を見てから、やがてゆっくりと指差す先に視線を向ける。
そこにあった此方の血の滲んだ指先を凝視して、暫し固まった。

我に返った彼は顔を赤らめて、気まずそうにたどたどしくなる。

「………ば、絆創膏、持って来ましょうか。」

 ……お、お願いします。

冷静になって身を引いたランサーは、そっと自分の手を丁寧に離しながら背を向ける。
肩越しに「下手に手を動かさないで下さい」ときちんと忠告をしながら。
大丈夫だよ。と自分は素直にそれに答えて、手を振ろうとして、その手首を掴まれた。

「ふん。意気地のない男よ。
この程度位、気にせずにさらっとやってしまえばよいものを。」

いつの間に現れたのだろうか、見上げればそこに居た英雄王に、白野は暫し驚く。
すると、そのまま手首を軽く持ち上げるとぱくん、と指先を口に咥えた。

あ。と、此方がぎょっとする間に英雄王は血を舐め取ると、一旦口を外して患部を眺める。
そしてその指のある方の手の甲を眺めると、やや怪訝な顔をした。
すると、再度指先を咥えて、歯を立てる。傷口をがりっと噛み締めた英雄王に痛みゆえにびくん、と震えた。

「…ほお、中々良い顔をするではないか。白野。」

英雄王は口を離すと、満足そうに笑って舌なめずりをする。
そして後は颯爽とその場から去っていった。
取り残された自分はただ呆然として、一体彼は何がしたかったのだろうかと眼をぱちくりとさせる。
ずきんずきんと怪我をした当初よりも痛む傷口を押さえて居れば、自分の背後から肩先にはらっと何かが落ちたのが見えた。
おや、と思ってよく眼を凝らせばそれは何処にでもあるような絆創膏で、床に落ちたそれを拾おうとする。

……いや待て。…絆創膏?

腰を曲げた瞬間、何かを思い出したようにぎくりとして固まった。

恐る恐ると背後を除けばそこにはランサーが威圧感を漂わせて仁王立ちしている。
やや据わった瞳で彼はじっと英雄王の消えた先をねめつけて、わなわなと肩を震わせていた。

◆傷を増やすな!

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