□疲れたときに甘いものを
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買い物を終えると、時々ランサーと彼の主は喫茶店に寄る事がある。
と言ってもそれはあくまでも時々の事で、財布に余裕がある時。あるいは、最初からその目的である時に限る。

今日も今日とて、その通りに喫茶店に立ち寄っていた二人は、最近その店で好評であるという甘味に手を出していた。
白野は先程店員が持ってきた新作のケーキを、食べるのが勿体無さそうにただ眺めていた。
暫しキラキラとした瞳でそれを眺めた後、ランサーに食べてもいいかと問い掛ける。
わざわざ人に許可を貰う事もないのにと思いつつ、ランサーは素直に彼女に頷いた。

「どうぞ。」

ランサーがそう彼女に告げれば、白野はぱあっと表情を輝かせ、いただきますと手を合わせてショートケーキにフォークを入れた。

実は案外、彼女はこういった甘味系が好きである。最近、疲れた時には必ずこのような甘いものを求めては一人で貪ることも屡。
その為、舞弥と話が合う事もあり、その際にはとても女性らしく愛らしい姿を拝むことが多々あった。

だが甘味が好きな彼女ではあるが、白野は自らでは菓子作りには精を出さない。
一度それはどう言う事なのだろうかと気になったランサーが訊ねてみた事があったが、その時彼女は平然として、

 だって爆発するし。

と、語ったそうだ。

此処でひとつ訂正しておきたいが、彼女は決して料理音痴などというわけではない。
普通の料理であれば人並みのものを作れるし、創作料理も中々に悪くはない。

しかし、如何してなのか菓子ばかりが彼女の作るものの中で論外になっている。
恐らくは気合が入りすぎてから回りしているのが原因ではないかと自らは語っていた。
一番反応に困ったのがパンを作ると言ったにも拘らず、結果として出てきたのが何処から如何見てもただのアンモナイトの化石を真っ黒く塗りつぶしたような、料理というよりも芸術という名の物体だった。
あれには流石の英雄王も絶句して、「料理の技術は金では買えんのか」と、真顔で語ったほどだ。

料理に不器用な女性というのは愛らしいものだ。
しかし、物には限度があるという事を自他共に認めている為、彼女はそれ以降決して従者達の前で洋菓子を作ることは無かった。
決してなかった。
その為甘味は外で買ってきたり、こうして余裕がある時には外で食したりをしばしば繰り返しているのだ。

一口一口を味わうように、もちもちと口を動かしていた白野が、幸せそうに破顔する。
それを眺めているランサーですらも、表情が彼女と同じように幸せそうに歪んでいた。
すると、フォークにケーキを一刺しした彼女がちょいちょいとランサーを手招きする。

「? どうしました、白野様。」

ランサーが顔を彼女に向けたその直後、ずいっと先端にケーキを差したフォークを彼の前に差し向けて来た。

 あーん。

この状況でこの台詞。
ランサーは目の前に置かれた状況に暫し、沈黙してしまう。
脳内では喧しいくらいのあらゆる疑問が飛び交っていたが、それらは総て口にする事はなく、ただ彼の脳裏にだけ描かれるのみ。
やがて、じれったそうに白野が再度彼に告げる。

 あーん。

にこにこと笑っていた先程とは打って変わって、今度は少しむうっとする。
普段は他人の目を気にするくせに、全く配慮していない白野を恨めしく思った。
こんな時に積極的にしてくれなくても。出来るならばもっと別の部分で。
そもそもに、このように性格が変わるならばいつでも甘味くらい。
というか、それ間接…………。

ぐるぐると様々な思いが交差し混乱するランサーは、むず痒いようなくすぐったいような思いを抱えつつ、恐る恐るとそれを咥えた。
そしてすぐにケーキのみを食らうと、身を引く。
どう?と感想を聞きたそうな白野に対して、ランサーは口を動かしながら硬い表情をする。

「……甘い、です。」

正直言うと、味なんてろくに分からなかった。
けれど、嬉々とした主の問いかけに答えないままで居る訳にもいかなく、適当ながらに在り来たりな答えを出した。

白野は、上機嫌になるとこうして周りが見えない部分があったりする。
この様子の違いには流石のランサーも参っていた。
しかし、それは所詮建前に過ぎず、内心では悔しくも彼女に魅せられてしまう部分があり、素直に困り果てる事も出来ずにいた。
従者としてはその反応は間違いであり、男性としては至極普通。

「(…とことんまでに恥ずかしい御方だ。)」

顔の片方を掌で覆いながら、険しい顔をするランサー。その頬が朱色に染まっていなければ確実に格好がついただろう。
尤も、そうでなくとも魅了された女性達にとっては彼のどんな一挙一動であっても見栄えする物だったりするだろうが。

「白野様、頬についていますよ。」

口元に付いている白いクリームを指先で掬い上げて、ランサーは躊躇う事無くそれを自分の口に運ぶ。
白野は慣れてしまったのか、それとも甘味に意識が赴いてしまっているためランサー自身に意識が向かないのか、ただ普段のように「ありがとう」と述べただけで後は笑顔でケーキを食べ進めていた。
当人同士が全く気にも留めていない反面で、周囲からはあらゆる意味での阿鼻叫喚が密かに起こっていた。
従者本人が主を嘆いた直後のその行動。
かく言うランサー本人も、自身の言動や仕種等が見ていて恥ずかしい類の物だとは恐らく認識していない。
蛙の子は蛙の子…否、この従者にしてこの主ありと言った所か。

◆やはり主従は主従

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