□些細な波乱
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白野が引き篭もりになって約一週間。
彼女の家から紅茶が消えて一週間。
同じ茶であっても緑茶の匂いが漂う中で、彼女は憂鬱な顔でどんよりとしていた。

彼女が時々誰かに見られているような気がする、と言い出したのが第一の始まりだった。

最初はその視線はあまり気にすることではなかったらしく、彼女自身視線に対し関心を抱いては居なかった。
しかし最近は何処に良くなりも異様な視線ばかりを感じて、如何にも落ち着けないと不安になり始めた。

「魔術師の仕業なのでしょうか、」

そうランサーが彼女に問いかけるも、彼女は難しい顔で頭を縦にも横にも振らない。
本人だけでは分からないということなのだろう。

 外に干しておいた靴まで持っていかれた。

つい前日、出先で豪雨に襲われた白野は全身びしょぬれ、靴の中にまで水が溜まるという惨事に見舞われた。
その際、彼女は靴を外に干しておいたのだが、後日何故か下着と靴が同時に盗まれてしまったというのだ。
洗濯物を取り込もうとして、自らが直面した疑問はまずそれだったと白野は語る。
単なる下着泥棒ならまだしも、靴まで取って行くというのは聊か可笑しい。

 マスターを探るのには靴まで必要なの?

それは本人とて間違いだと分かっているが、恐怖のせいで他の陣営のマスターの仕業だと疑いたいのか、彼女は縋るようにランサーに問い掛けた。
ランサーは、「それは」と口にしただけで後は答えが出ずに黙り込んでしまい、気まずそうに視線を逸らした。
普段であればすぐにランサーはその拙い間違いを正す事が出来ただろう。
しかし、白野の怯えて揺れる瞳を見てしまえばそんな事は無い、ということは出来なかった。

すると、空気を読まずに話に水をさしたのが英雄王だった。

「下らん。その程度の実害で良くぞそこまで下手な不信感を持てるものよ。
所詮貴様の思い違いだろう。大方靴なぞ烏にでも持っていかれたに違いない。」

ろくに話も聴かずに、英雄王は結論付けるとその場から消えた。
らしいといえば彼らしい反応ではあるが、主に対してあまりに薄情ではないだろうか。という思いすら浮かぶ素っ気無さ。





「…下らん、と彼女の話を一蹴したのはさて何処の英雄王だったか?」
「黙れ雑種。さもなくば先に貴様の口から削ぎ落とすぞ。」

ほぼ総ての家の街灯が照らされて、外の世界が闇に包まれる夜。
一歩家の外に出れば、扉の真横に仁王立ちで堂々と見張りを行っている英雄王。
ランサーは何をしているんだとは問わずに、ただ彼の存在に納得した。
下手な事を言えばへそを曲げて、再度家の中に篭ってしまうとも考えられないからだ。
引き篭もりは彼女一人で十分。
ランサーは改めて静かに扉を閉めてから、英雄王に一声かけた。

「なあ、英雄王よ。こんな所で立ち往生をしていても逆に目立ちすぎて、人っ子一人も掛からないと思うのだが…」

寧ろこんな所に立っていれば、逆に目立って捕まるものも捕まらない。
ランサーがそう口にすれば、英雄王はぎろりと彼を射抜いた。

「この我に隠れろと申すか、雑種。」
「戦略的行動だ。確かに貴様が此処で見張っていてもいいが、それでは根本の解決にはならんだろう。」

そう言って、ランサーが持っていた袋から取り出したのは一つのシャツ。
英雄王は首を傾げてそれを凝視し、ランサーは不適に笑みを浮かべた。
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