さんにんのゆくえ

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大切そうに抱えられた桃耶を脇目で見ながら保健室まで早歩きをする。転入生…佐紀は、無表情で歩いている。まったく読めない顔色は、桃耶のもう一人の幼なじみ・伊原鶴斗が猫っかぶりをしている最中によく似た顔をしていた。


「ここだ…ほい、佐紀、入れよ」
「ありがとう」


先にドアを開けて、佐紀を入れる。その先にはやぎちゃん――…青柳嵐(あおやぎあらし)がいた。机に頬杖ついてこっくりこっくり船をこいでいる彼を揺り起こす。


「やぎちゃん、起きろー」
「…ん…あと三時か」
「急患!生徒が倒れたんだよ!」


そう叫ぶと、彼はハッと目を開け、椅子から思い切り立ち上がった。その拍子にガラゴロと椅子が移動する。


「そこの子が抱えてるやつ?海原くん」
「そう。だから早く」
「おっけー、そこの君、おいで」


備え付けのベッドにさっと寝かせて、やぎちゃんは桃耶の顔を覗き込んだ。ちなみにやぎちゃんは保健委員会委員長の三年生である。

うちの学園の形態が変わっているのは結構有名な話だけど、委員会の在り方も変わっている。
まず、大きな勢力が三つある。生徒会執行部と風紀委員会はいつもいがみ合いを続けていて、仲が悪いのはもはや伝統となっている。そして、そのいがみ合いが抗争と化す前にいつも止めてやるのは中立の選挙管理委員会の役目。この三つの勢力を中心に、この学園は回っている。
また、生徒会執行部、風紀委員会、選挙管理委員会の下にはそれぞれ、全親衛隊、粛清委員会、学級委員会が所属しており、下でも上でもいがみ合いが続いている。
そして、保健委員会を始めその他の委員会はすべて選挙管理委員会に所属している。理由はひとえに『中立』でなければならないからだろう。

そしてそんな中立、保健委員会委員長のやぎちゃんを始めとする全委員会委員長はみな、授業よりも実務優先が義務付けられている。だから授業中にも関わらずやぎちゃんがいるのだ。


「やぎちゃん、桃耶は?」
「軽い貧血…かな。僕、これからどうしても席を外さなきゃいけないんだ。池やんには言っておくから、起きるまで見ててあげてくれるかな?」
「分かった。佐紀もいるか?」
「あぁ」


それじゃあ、とやぎちゃんが保健室を出て行った。二人でその姿を見送った後、桃耶の近くまで椅子を引きずって座る。しばらくして佐紀が口を開いた。


「…名前」
「は?」
「あんたの名前。俺、知らない。…教えてくれるか?」


小首を傾げて聞いてくる姿に相変わらずドギマギしながら、自分の名前を教える。すると彼は一度だけ頷いて、また桃耶に視線を戻した。


「…あのさ、佐紀」
「あ?」
「お前、桃耶とどういう関係だ?知り合い…だよ、な」
「…幼なじみだよ。俺と、コイツと、あと…鶴斗。ココに確か通ってるよな、鶴斗は」
「あぁ…」


似てると思ったのはたまたまではなく、当然の事だったようだ。人と人は、長い間近くにいると似かよる性質があると聞いたことがある。
佐紀は桃耶の額を軽ーくぺちぺちと叩きながら、言葉を続けた。


「コイツと鶴斗を追っかけて、この学園に入ってきたんだよ」
「なんでだ?」
「…過去を断ち切るためだ。俺は、コイツを酷く傷つけた。謝って済むことでもねーが、元の『幼なじみ三人組』に戻りたい」
「……なんでコイツを傷つけたんだ、とか…聞いても大丈夫か?」


長い睫毛を瞬き、佐紀がぽつり、と零した。桃耶の額を叩く彼の手が、止まる。


「…名字で呼んだんだ。コイツを」
「……それだけ?」
「それだけ、なんだろーな…フツーの人の感覚だと。でも、俺達三人はな、違うんだよ。…俺達の中じゃ、名前呼び…呼び捨てとどもいうのかな…それっつーのは大切な人間だけだから」


するり、と佐紀は額を撫でていた手を滑らせたかと思うと、桃耶の頭をペチコーン!とはたいた。硬直する俺を尻目に、いたって冷静な顔で桃耶をみる佐紀。


「オイコラ、目ェ開けろ。起きてんのなんかとっくに気付いてるぞこっちは」
「…ッチ…バレたか」


上半身を起こして眼鏡を手で探る桃耶。そんな彼に眼鏡を差し出して、佐紀は椅子を立った。


「…つか、話聞いてたのかよ」
「ごめんな、竜騎。ちょっと好奇心が疼いたんだ」
「起きたし、教室戻るか。



な、モモ」



佐紀がそう言った瞬間、桃耶はガッツリ固まった。目は大きく開かれ、口元はちょっとだらしがないがこれまた大きく開いている。
沈黙の後、桃耶が唸るように言葉を発した。


「…俺は許さねーぞ。」
「知ってる。でも、また呼びてぇ」
「……だよなー…お前そういう人間だったよなー……。



俺も呼んでもいい?武流って」



「…当たり前!」


さぁ、帰ろうか。



11,07,08





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