緋月

□寒い雪の日には
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雪が振り続いてもう3日もやまない。


新年が明け、早一週間。正月休みが終わり学校も始まった。

下級生も初めこそ喜んでいたものの、あまりの寒さに外で遊ぶ姿はそれほど見られない。


寒い。


学園中がその一言でいっぱいだ。


そんな事は露知らず、雪は今も振り続けていた。






「それにしてもすごい雪だな」


5年ろ組の教室。学級委員長の仕事をしていた三郎が呟いた。


「ああ。一面真っ白」


そう答えたのは、5年い組の学級委員長の尾浜勘右衛門。


「竹谷も暇でしょ。こんな雪も降って寒くちゃあさ」


そう言って雷蔵が呼んでいた本を閉じて竹谷を見た。


「ああ、暇だ。生き物はほとんど冬眠したし」


そう言ってあくびをする。

いつもは多忙な生物委員会も、生き物が動いていなければやることもない。


「雷蔵は仕事いいのか?雪が降ってるとはいえ、図書委員会の活動はあるだろ?」

「今日は下級生が当番なんだ。この前きり丸がアルバイトでいなかった時僕がやったから」

「そっか。じゃあ雷蔵も暇なのか」

「うん」


こうして、5年ろ組の教室には暇な八左ヱ門、雷蔵。仕事中の勘右衛門と三郎が集まっていた。

言い出しっぺは勘右衛門で、一人ひとりバラバラの部屋にいるより、みんな集まった方が温かいと言ったのだった。


「そういえば竹谷、兵助は?」


突然勘右衛門が筆をとめて尋ねた。

正月休みに入る直前、想いを伝え合った2人はそれまでのもどかしさはどこへやら、周りの3人が呆れてしまうくらい生活を共にしている。

今日も八左ヱ門に声をかけた時点で、兵助を連れて来ると思っていた。


「兵助は委員会だってさ。雪でも火薬を使う人はいるし、出庫表や在庫表はこまめに書かなきゃならないって」

「こんなに積もってるのに?」

「煙硝蔵だから関係ないって」

「確かに雪積もってるのは関係ないけど、煙硝蔵って石造りだから相当冷えるよ?」


雷蔵の一言に八左ヱ門が眉間にシワを寄せた。


「そうなんだ。アイツ寒がりだし…今日はやめろって言ったんだけどさ」

「聞かなかったんだな」

「ああ」


項垂れて頷いた八左ヱ門に、3人は溜め息をついた。

兵助は変なところで頑固だ。


「でも竹谷、そろそろ迎えに行った方がいいよ。心配だし」

「そうかな?」

「うん。竹谷だって兵助に風邪引いて欲しくないでしょ?」

「そうだな。じゃあ行ってくる」


そう言って肩にかけていた羽織りをかけ直し、八左ヱ門は教室を後にした。









焔硝蔵への道は、新雪が光り幻想的だった。

そこに一人分の足あとを見つけて、八左ヱ門は道を急ぐ。


「っくそ、雪が邪魔で走りづらい…。兵助、ここを通ったんだよな?」


幻想的な新雪は綺麗だが、何より身動きが取りづらい。

小柄で華奢な兵助ならまだしも、肉付きのいい八左ヱ門は深く沈み、なかなか前に進まない。

やっとの思いで煙硝蔵に着いた時には、服はびしょびしょ、額や背中からは汗が滴っていた。


「はぁ、はぁ…疲れた」


少しだけ息を整え、煙硝蔵の戸を叩く。


「兵助、いるか?」


問いかければ、小声で返事が帰ってきた。


「はち?いるよ」

「入ってもいいか?」

「いいけど、寒いよ」


最後の言葉は無視して、八左ヱ門は戸を開けた。冷え切った空気が外へと逃げていく。


「はち…どうかした?」

「どうかしたって…寒くないのか?」

「寒いよ。でもやんなきゃいけないし」


身震いしながら言う兵助に、少しだけ憤りを覚える。


「じゃあ兵助は俺たちよりも委員会を選ぶのかよ」

「…そういうわけじゃないけど」

「でも実際そうだろ。…そこまで兵助がやらなくてもいいだろ?なんでやるんだよ」


そう問えば、兵助は押し黙って答えない。筆をはしらせていた手も休める。


「なぁ、兵助…お前俺のこと好きなんだよな?」

「っ当たり前だろ!」

「じゃあ…」


八左ヱ門が次の言葉を紡ごうとした途端、兵助は八左ヱ門に抱きついた。

突然の事に状況が理解できない八左ヱ門は目を見開いた。


「へ…いすけ?」

「…だってこうしてればはち…迎えに来てくれるだろ?」

「は?」

「雪降り始めてから…勘ちゃんに誘われて5人でいることが多かったろ?…俺は2人でいることの方が好きなのに」


思いがけない兵助の言葉に、八左ヱ門は一瞬ぽかんとしてから兵助を抱きしめた。

空気と同じくらい冷え切った体は思ったよりも震えていて、自分を呼び寄せる為と考えると、八左ヱ門は嬉しさが込み上げた。


「兵助、悪かった!今度からは心がける。俺も兵助と一緒にいるのが一番だ」

「…ん」


そう言って頷く兵助が可愛くて、八左ヱ門はさらに強く抱きしめた。



小さく服を握り返した兵助の手は、もう震えてはいなかった。











end.


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