緋月
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君に言えなかったことがある
好き。
君が好きだということ。
※竹くく死ネタ注意
竹谷とは良い友だちだった。
2年生の時に知り合ってから今まで。
クラスは違えど一緒に学び、遊び、生活を共にしてきた。
何でも言い合えるその距離は心地良くて、大好きだった。
だけど、竹谷との“良い関係”は5年の始めに唐突な終わりを告げた。
6年に混ざって初めて参加した委員長会議の帰り道。綺麗な夕日を背に、アイツが立ち止まって言った。
「好きだ」
確かにそう形作った竹谷の口。
理解できなかった。
たけやが…
おれを…
すき?
理解…できなかった。
俺はその場から走り去り、それ以来は竹谷を避け続けた。
勉強、実習、練習、食事。
当たり前のように一緒にやっていた事をしなくなった。
否。
できなかった。
そうしてそのまま俺たちは5年恒例いろは合同の難関実習を迎えた。
竹谷への答えができた矢先だった。
失敗した。
誰が、はない失敗。
俺らの班は各クラスの成績上位者からなる精鋭班だった。
仕事は弱り切った敵の逃げ道に待機し、敵が炙り出されたところに畳み掛け、全滅させる事。
僅かな油断や奢りが失敗を招く。今回の実習で一番難しいと言っても過言ではなく、この班が成功すれば忍務成功。失敗すれば忍務は失敗。故に失敗は許されなかった。
が、結果的に失敗した。
敵が炙り出されたまでは良かったのだが、敵方に援軍が現れ、戦局は裏返った。
すぐさまこの班のリーダーが退避を指示したが班は散り散りになり、誰が無事でどこにいるのかも分からない。
勿論それは俺も例外ではなく、敵と戦う内に随分外れた場所へと来ていた。
「参ったな…。勘右衛門ともはぐれちゃったし…」
そう独りごちて、ため息をつく。
今は動かないが先ほどまで戦っていた敵に踵を向け、もとの場所へ戻ろうと足を踏み出した時だった。
「兵助…か?」
上から聞き慣れた声が俺を呼んだ。
まさか、とぎこちなく上を向くと、そこには竹谷の姿。頭巾はボロボロに破れ、切り傷が見える。
「竹谷…」
「やっぱり兵助だった。良かったぁ誰かと合流できて」
「うん。俺も良かった。…怪我、平気か?」
「ああ、平気。体はちゃんと動くし。兵助も大丈夫か?」
「大丈夫。それよりも早く皆と合流しなきゃ」
「ああ。急ごう」
その声が終わるか終わらないかの内に2人同時に地を蹴る。
早く終わらせたい。終わらせて竹谷に言いたいんだ。あの返事を。
次の瞬間視界が真っ白になった。
背中が木に勢い良く当たって吐き気がした。
何が起きたのか分からずに、よろよろと立ち上がる。
目の前で繰り広げられる戦いに唖然とした。
「竹谷!」
痛む背中を無視して走る。
「兵助、行け!」
「な…嫌だ!俺も戦う」
「兵助…」
「絶対、1人にしない」
「そっか。じゃあ、やるか」
「ああ」
違う。ただ本当は1人になりたくなかっただけだ。でも今はいい。そう言うのは無しにして。
戦うんだ。
「兵助、あらかた終わったか」
「うん。…行こう」
見えるだけの敵を倒して安心した。
この忍務を遂行させる為にしはいけないことは油断。
「兵助!」
その声と同時に、視界が歪んだ。
地面に手を付く。
「たけ…や…?」
崖の向こう側に竹谷が見えた。
竹谷の足もとに地面はなく、とても長い一瞬の間に竹谷の姿が消え去った。
「竹谷…」
後ろから歩み寄った気配に手に持った苦無を投げつける。
小さな悲鳴と共に倒れこむ音。
そんなのはどうでもいい。
それより…。
「竹谷?たけやぁ!?」
俺の叫びに返答はない。
こんな時まで頭は冷静で。
崖から落ちた竹谷とその胸に刺さった苦無。
その事実が脳を駆け巡った。
最後に見えた竹谷の微笑が頭に舞い戻った。
「竹谷…たけ…やぁぁぁぁ!!」
そう叫んでも呼んでもなにも変わらない。
足の力が抜けて、頬には涙が伝った。
竹谷、伝えたかった事があったんだ。
告白されて何もできなくなったのは竹谷のことが好きだったから。
竹谷が好きだったからだ。
「竹谷…ごめん。伝えきれなくて。ごめん。本当に…」
大好きな君に言えなかったことがある。
君が大好きだった。
それだけの重大な事。
end.