緋月
□不運×不運=幸せの法則
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「留さん危ない!」
伊作が後ろからそう叫ぶ時は決まって良いことがない。
なぜなら、そのほとんどが石につまずくか何かした伊作が俺を巻き込んで穴へと落ちるからだ。
それは、今日も例外になく、だ。
『不運かける不運いこーる幸せ』の法則
「留さんごめんね?」
薄暗い穴の中、俺の上に落ちた伊作が済まなそうに謝る。
「いいから伊作、早く退いてくれないか…?」
冷たい地面に突っ伏しながら促すと、伊作はあっけらかんと笑って退く。
「ああ、ごめん。また上に乗っかっちゃった」
「いや、それは気にしてない。今更だろ?それより、怪我ないか?」
「うん。怪我は平気。留さんこそ大丈夫?」
「ああ。俺も平気だ」
心配そうに首を傾げる伊作を安心させるように微笑みかけて、上を仰ぎ見た。
「あー…にしても…」
「どうしたの留さん…」
見て、ため息が溢れ出た。
出口が相当遠いのは気のせいだろうか。
「あんの穴掘り小僧…こんなに深く掘りやがって」
この学園の最上級生であるのだから登器(とうき)さえあれば登れないわけないが、とにかく危険だ。
第一、穴を埋めるのは何故か用具委員会の仕事だ。
総じて、結局苦労するのは落ちる奴(ほぼ保健委員会)と俺たち用具委員会なわけだ。
「まぁ、でも、他人の趣味を否定するのも気が引けるよね」
「…このお人好し」
「え?」
「…何でもねぇよ」
呟いてそっぽを向いた。
伊作の良いところは後々後悔しそうまでなお人好し。良く言って優しい(優しすぎるとも言えるくらいの)ところだ。
今更ながら好きになった理由を再確認して恥ずかしい。
「今はそんな時じゃねぇってのに…」
「ん?どうしたの?」
「え?あ…いや今回はやたらと深いなー…なんて…」
適当に誤魔化して再び上を見る。
事実だ。
深い。
「そうだね」
「何か持ってるか?」
「包帯…とか?」
「…だよな」
「留さんは?」
「…鉄双節棍」
「…だよね」
つまり、だ。
登る術が見当たらない。
2人のため息が重なった。
「どうする?」
「…自力で登る」
「やめてよね。不運同士が危険なことしたらどんな目に遭うか分からない」
そう言った伊作に、なぜか言い返す事ができなくて、座り込む。
誰か気付いてくれるまでこのままだね。
そう言って俺のすぐ隣りに座った伊作は、何故か楽しそうに見えた。
「伊作?」
「何?」
「あー…いや」
それから少しの間、沈黙が漂った。
ただの沈黙だったら気まずいだろうが、今回はそうでもなかった。
「あのね、留さん…」
「ん?何だ?」
「…確かに穴に落ちるのが好きなわけじゃないけどね、僕…」
言いながら、伊作が頭を俺の方に預ける。
「留さんとこうして2人でいるの…好きだよ」
「っ!……」
突然の伊作の言葉に体が硬直した。
俺も、伊作と2人でいるの…好きだぞ。
そう言えたのは、それから暫くしてからだった。
end.