現代系統

□保健医の受難
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間延びしたチャイムが二日酔いの頭にガンガンと鳴り響く。
同時に教室棟の方から騒がしい生徒達のガヤが聞こえてくるのは、窮屈な学習の時間から解放された証。
それと同時に、アイツがやってくる騒がしい時間が始まることを示している。

走ってくる足音が一人分。
聞き慣れたその音は教室棟からの最短距離である階段を駆け下り、すれ違ったらしい教師の怒声で暫し遅くなる、がすぐに全力疾走に戻る。
内履きのゴム底と床の摩擦で甲高い音が聞こえると、それまでの勢いを消し扉が控え目に開かれる。
古いドアで、レールに乗る滑車の油が切れているためにカラカラと鳴るのだが、それが耳に心地好くてどうしても油を点す気になれないのは俺のワガママ。

ドアの前に立っていたのはやはり予想していた生徒で、全力疾走したわりには平然とした顔で静かに入ってくる。

「…誰もいないんじゃん。ラッキー」

3台あるベッドは全て空。
ベッドを区分けするカーテンも全て壁際においやられている。
その事に気付くや否や我が物顔で、俺が密かに気に入っている年代物の黒い合成革のソファに腰かける。
古くなったスプリングが軋んで悲鳴を上げた。

「ここは、教室棟から全力で走っても息切れもしないようなヤツがくるとこじゃないんだが?」

デスクに向かったまま、それまで睨み合っていた書類を整え、わざとらしく溜め息混じりに嫌味も込めて告げてみる。

そう、ここは保健室。

本来ならば生徒達が健康を損ねたときに来る部屋…のはずなのだが。
最近はコイツが入り浸るせいでその定義が崩れかけているのは、多分俺の気のせいではないと思う。

「だって、オレ病気だし」

全力疾走してきておいて良く言う。

「お前の健康カードには過去二年間、病気の一つも書かれてなかった気がするが気のせいか、健 康 優 良 児」

一度言い出してしまえば俺の口は止まらない。
が、ソファに座ったままの状態で生徒は爽やかな笑顔を見せる。

「だって、恋煩いだし」

片方の頬の筋肉がヒクリと痙攣して表情が歪むのがわかる。
きっと、眉間にも皺が刻まれているだろう。

「ゆきじセンセーと居ると軽くなるんだから仕方ないでしょ?」

そう言って眩しい笑顔を向けてくる。
あぁ、誰か…冗談だと言ってくれ。


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