聖闘士星矢夢

□英傑揃うは神の膝下
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それから暫くの時が流れた。
呂布軍は未だ不馴れな生活を送っているが、最初に比べれば大分このアトランティスに馴染んだ。
テティスは女性同士ということで、貂蝉と仲良く共にいるところをよく目撃されている。


「テティス様、どうかされましたか?」
「様は止めましょう。私達はポセイドン様の配下ですし、女の子同士仲良くしましょう」
「ふふ、分かりました」
「貂蝉さんは、アトランティスにもう慣れましたか?」
「はい、皆様良くしてくださっているので」


傾国の美女と呼ばれるに相応しい微笑みで、貂蝉はテティスに答える。
それに安心したように笑い返すと、貂蝉の向こうにカノンを見つけた。


「海龍、どうされましたか?」
「ああ、テティスと貂蝉か。いや、ポセイドン様を知らないか?」
「ポセイドン様ですか?いえ、私くし達はお見かけしておりませんが…」


カノンの少し慌てた様子にテティスが訊ねれば、ポセイドンの所在を聞かれた。
それに首を傾げながら、貂蝉が答える。
カノンの話によると、少し目を離した隙に姿を消したのだという。
すぐに戻るという書き置きを残して。
アトランティスから出てはいないと思うが、それでも何かあってはいけないと他の海将軍と共に探しているのだ。


「なら、私達もポセイドン様をお探しします」
「ああ、すまんな。頼んだ」


二人にそう残すと、カノンは再びポセイドンを探すために足を進めた。
一方その頃のポセイドンといえば、神殿からそう離れていない場所にいた。
小宇宙を抑えているために、カノン達に気付かれずにこの場所にいることができる。
そしてそんなポセイドンの側には、呂布と張遼。
二人が手合わせをしていたところを、ポセイドンが通りかかったのだ。
暫くポセイドンは二人の演習を眺めていた。
呂布の一降りにより、張遼の手元から獲物が弾かれ地面に落ちる。


「お見事でございます…」
「ふんっ、お前はまだ動きに無駄があるな」


呂布の助言に張遼は息を整えながら聞き入れる。
呂布からの助言は非常に珍しく、そして正確だ。
最強足る所以だろう。
張遼から視線を外し、呂布はポセイドンを振り返る。
石柱に身を預けながらこちらを見ている女神。


「何の用だ、ポセイドン」
「ふ、特に何もない。ただ面白いものを見ていただけだ」
「そうでありましたか」


呂布の代わりに張遼が答える。
呂布の性格上、いくら今はポセイドンの配下に属していると言っても素直に従うはずはない。
しかし、今の自分達の主は間違いなくこの美しい女神である。
呂布の態度に気を悪くしないようにと気を使っているのだが、そんな張遼の配慮などポセイドンには関係無い。


「呂布よ、不満そうだな」
「当たり前だ。何故お前は戦を仕掛けんのだ」


他の国では今でも国取り合戦が行われている。
それだというのに、ポセイドンはそういったことに興味が無いかのごとく手を出そうとしない。
流石にアトランティスに伸びてきた手は容赦なく返り討ちにしているが、それだけである。
それがなんとも呂布の不満を募らせる原因であった。
呂布がもっとも輝くのは戦場の他に無く。
まさに戦うためだけに産まれてきたような男なのだ。


「人間共の争いに興味がないだけだ」
「神というのは、腰抜けのようだな」
「呂布殿!?」


呂布の暴言に、張遼が慌てる。
呂布とポセイドンを交互に見て、そして息を呑んだ。
美しく、それは例えようのない美しい微笑みを乗せながら、ポセイドンは呂布を見ていたのだ。
まるで全てを見透かすような、微笑み。
ぞくりと戦慄が走るのと同時に、沸き上がるのは一体何か。


「お前の挑発など涼風のようよ」
「何だとっ!?」
「呂布よ、お前は戦以外の何を望む」
「俺は戦以外に興味はない」
「ならば、お前の執着する舞姫も興味がないと言うか」
「それは…」


ポセイドンの言葉に呂布が押し黙る。
戦以外で手にいれたいと想った、最愛の女性。
憂う顔を晴れやかにしたくて、しかし自分には武しか無い。
陳宮のように学も無ければ、張遼のように義に厚いわけでも無い。
もしもこの世から戦が無くなれば、己は忽ち居場所を無くしてしまう、そんな存在なのだと、心の奥底で思っていた事がある。
それでも、どうしても手離したくないのだ。
喜ばしてやれる言葉も吐けず、優しくすることも出来ない呂布を、貂蝉は全て受け止めるように微笑んでくれる。
だが、いつかは、貂蝉も、自分を慕ってくれる、部下達も、離レテシマウノデハ…


「孤独が恐ろしいか」


ぐるぐると思考を巡らす呂布に、ポセイドンの声が響く。
孤独だった獣が、孤独を恐れるようになった。
独りではないと、知ってしまったから。
ポセイドンは、かつてのカノンを呂布に重ねていた。
状況に違いがあるが、彼もまた、孤独を恐れていた事がある。
今はポセイドンという生きる理由を見つけたため、孤独を恐れることは無くなった。
カノンは理解したのだ、この女神が海将軍、海龍と呼んでくれたその日から。


海皇ポセイドンは、カノンが死ぬまで見棄てはしないと。


それは勿論、他の海将軍や雑兵に至るまでが確信している事実。
ポセイドンから直接の言葉は聞いてはいない。
そして恐らく、この先も彼女は言葉になどしないのであろう。


「孤独など、恐れてなどいない」
「そうか、ならばそれ以上は言うまい。しかし覚えておけ。お前は既に妾の配下。自らの意思でここから出ていくなら止めぬが、そうでなければ貴様が死ぬまで側に仕えろ」


見透かされた心に動揺しながらも、呂布は否定の言葉をのべる。
しかしさらにそれを覆い尽くすような声音で、女神はゆっくりと告げた。
それはまるで、一種の薬のように呂布の心に染み渡る。
そして同じ言葉を聞いていた張遼でさえも、瞳を反らすことができずその言葉を真正面から受け止めていた。
胸の奥に溢れてくる、熱いものを感じながら。
何も言わなくなった二人に、ポセイドンは踵を翻す。
そろそろ戻らなければ、後々カノン達が煩い。
去り行く背中を見送りながら、暫く二人は呆然と立ち尽くすのであった。











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