聖闘士星矢2

□別れ際の告白
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きっとこの関係に名前はない





月明かりが射し込む簡素な部屋。
主の性格故か綺麗に掃除されたそこには、シンプルな白のシーツのベッドとサイドテーブルだけであった。
けして狭くはないその場所は巨蟹宮の寝室。
主である蟹座のデスマスクは、聖衣箱を無造作に床に置くと、ベッドに勢いよく沈んだ。
その際に聖衣が乱暴な扱いを咎めるようにキィンッと鳴ったが、それを気にしている時間があるのならと、デスマスクは睡眠を取った。
先程まで勅命で遠征してきた身である。
いくら黄金といえど元は人間であるので、連日休み無く働かされれば疲れがたまると言うもの。
それを蟹座の聖衣は充分知っていたので、一度だけ鳴いた後は何もせずベッド脇に鎮座していた。


報告は明日にするとして、あーでもどうすっかなぁ…


虚ろな頭で明日すべきことを纏める。
本来勅命から帰還したのであればその足で報告に行くのが礼儀であるが、今や草木も眠る時刻となれば、報告を明日に延ばしたからといって咎める者は居ないだろう。


あ、でも黒い方は怒るか


教皇宮に居るであろう人物を思い浮かべて、デスマスクは小さく苦笑する。
かつて神のごとくと謳われた年上の同僚は、その圧力に堪えきれず己の中にもう一人の自分を作り出してしまった。
それを知るのはこの聖域でデスマスクを除けば山羊座のシュラと魚座のアフロディーテだけ。
当時10の身でありながら、大きく重い秘密を背負った三人の子供は、それでもただ己を責め続ける優しい人を信じて今日までやって来た。
元の人格を白と表すなら、もう一つの人格は黒である。
黒の彼は白の彼とは真逆の存在でありながら、根本は同じであることをデスマスクは知っていた。
ただただ、寂しい人。
子供のような単純な人なのだ。
それがたまらなくデスマスクには愛おしい。
笑みをうっすら貼り付けて、いよいよ眠りの世界へ堕ちようという時、頭に直接小宇宙を通じて話しかけられた。
他の者であれば無視をするか一喝して終わりだが、相手が誰か別った瞬間デスマスクは眠気を追いやるように頭を振った。


≪デスマスク、帰っているなら直ぐに来い≫
≪ちょっとは休ませくれませんかねぇ…≫


文句は言うのはせめてもの抵抗。
彼に呼ばれてデスマスクが赴かないという選択はない。
これも惚れた弱味なのだと言い聞かせ、デスマスクは聖衣は置いて巨蟹宮を後にした。
十二宮の中でも序盤に位置する巨蟹宮から教皇宮までの道のりは遠い。
他の宮の守護者を起こさないように気を配らせ、デスマスクは教皇宮へ足を運ぶ。
漸く、それでも急いで登ってきた教皇宮に入ると、彼が居るであろう教皇の間に向かう。
大きく豪華な扉を開けると、予想通りの人物が玉座に居た。
それでも予想が外れたとしたら、てっきり黒い方の彼が出てきているのかと思いきや、白い方の彼だった事だろうか。


「蟹座のデスマスク、帰還致しました」
「遅い」


恭しく彼の前で膝をつき頭を下げるも、返ってきた不機嫌そうな声に苦笑する。
名前を呼ばれて顔を上げれば、泣きそうな彼、サガが自分を見つめていた。


「悪ぃ、もう寝ちまったと思って」
「お前が帰ってくるのだ、寝ているわけないだろう」


お出でと手を伸ばされて、誘われるようにサガに近付く。
自分の膝にデスマスクを抱き上げ、その胸に顔を埋め抱き締める。
心臓の動く音がサガを安堵に導いた。
毎回、サガはデスマスクが帰還する度に彼が生きているのだと確かめるかのようにその心臓の音を聴こうとする。
まるで幼子が母を求めるかのような仕草に、デスマスクは優しくサガの髪を撫でた。
暫くそうして、落ち着いたのかサガが少しだけデスマスクから離れた。


「デス…私はいつまで生きればいい…大罪を犯してまで何故」
「サガ、そんなこと言うなよ」


サガの懺悔を聞きながら、デスマスクはその言葉を否定する。
13年前からずっと繰り返される懺悔。
死ぬことでサガが救われるならと、何度も指先をサガに向けようとして思い止まった。
現在の聖域にはサガが必要だ。
せめて、サガが死ぬ事が出来る時が来るとしたら、いつかここに戻ってくる女神が現れるまで。
それまでは生きてほしいと、聖域を想いながら半分、自分の我儘半分。
出会った頃から心惹かれるこの人に生きてほしいと願ってしまう自分がいる。
でもサガが死ななければ全てが終わらないのだとしたら、自分は迷わず…


「サガ、あんたを独りにはしないから」
「デス?」
「大丈夫だ、俺はあんたに最後まで着いてくぜ?」


そう言ってサガの額に口づけを落とす。
それに安心して、サガはゆっくりと意識を手放した。
体の力が抜けていくのを受け止めて、デスマスクはサイコキネシスを使いサガを抱き上げた。
そのまま彼の寝室となっている教皇宮の奥に向かう。
キングサイズのベッドの上にサガを寝かせると、その体にシーツをかけてやる。
ベットサイドにある椅子に腰かけて、サガの大きな手を握った。


「独りで死なせはしないさ」


出会ったあの日を思い出す。
初めて差し伸べられた温かく大きな手。
それがどれ程自分を救ってくれたか、サガは知らないだろう。
デスマスクを救ったのは女神ではない。
眠るサガにデスマスクはそっと身を乗り出し、薄く開いた唇に己のそれで触れた。


「あんたが死ぬなら、俺も死ぬから」


これはまだ、サガに伝えたことはない。
きっと彼は悲しくて涙を流してしまうだろうから。
泣かせたいわけではない、どうか笑っていてほしい。
ゆっくりと体を離し、デスマスクは椅子に深く座り直し目を閉じる。
手は繋いだまま。
好きだと、愛していると伝えたことはない。
サガとてデスマスクにそう伝えたことはない。
名前がつけられるほど簡単な関係ではない。

デスマスクの意識が完全に堕ちる。

それを月明かりが照らしていた。










end
 

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