混合

□始まりは
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真っ暗な夜のことだった。
月さえも輝きを忘れた新月。
しかし星だけは夜空を瞬いている。
何かに誘われるように、外に出ていた。
闇の中だというのに、迷うことなく足が進む。
巨蟹宮を出てみると、しんと静まり返った聖域。
昼間にはしゃいでいた子供達の声は無く、痛いほどの静寂がデスマスク…マリアを襲う。
嫌な予感がする。
警告音が頭の中で鳴り響いているが、止まらずにはいられない。
ゆっくりと、十二宮の階段を降りれば、直ぐに見えてくる隣宮。
声が、聞こえたのだ。
聞いたことがあるような、微かに小さく弱々しい声が。
誰の声かは分からなかったが、何故だかこの双児宮にその声の主がいるとどこか確信めいたものがあった。
そっと中を伺うが、気配は全く無く誰か居るのさえ怪しい。
しかし、ここは既に双子座の黄金聖闘士が守護を任されている。
外に出る任務とは聞いていないので、居る筈だ。


「サガ?」


不安にかられ、彼の名を呼んでみるが反応が無い。
不気味なほどに見える双児宮内に、足早に入っていった。
彼の部屋の前で立ち止まる。
中には仄かに彼の小宇宙を感じて、今まで詰めていた息を吐き出した。
トントンと、ノックをする。
返事は無い。


「サガ、サガ俺だ。デスマスクだ。居るんだろ?」


返事が無いことに焦りを覚え、声をかけながらドアを叩く。
普段であれば、これ程までに忙しく叩くことを咎めるために、彼は呆れながら、だが優しさを秘めた瞳で現れ諭してくれるというのに。
それに、同じ宮に住んでいるカノンの気配もこの日は無かった。
彼の立場上表だって自分を咎めることはできないが、隠された存在である彼とは面識が多々ある。
何かあったのかと、顔ぐらい見せに来るだろうがそれもなかった。
何かがおかしい。
ふいに、ドアが開いた。
慌てて開けた人物を見上げると、何処か消沈仕切った彼の顔。


「サガ?」
「私は…私の何が…何故ロスなんだ…」


マリアの事が見えていないようで、幽鬼のようなその姿。
しかし、この表情には覚えがあった。
女神アテナが降臨してこの暫く、彼は隠していたようだけども自分は知っていた。
何かに絶望したような…
そう言えば、今日の昼間に教皇に呼び出されたサガとアイオロス。
次期教皇に、アイオロスが選ばれたのだと噂が聖域を駆け巡った。
サガは教皇になりたがっていた。
理由は知らないが、彼の影ながらの努力は知っているつもりである。


「サガ、大丈夫だ。別にあんたが劣っているとかそういうんじゃ…」
「私が、ロスに…そんなわけ無い。カノンは、何故分からない。そうか、そうなのか」
「サガ?」


マリアの声に耳を傾けること無く、ただただぶつぶつと喋り続けているサガに、流石に危機を感じる。
一歩下がろうとしたところで、がしりと両腕を掴まれた。


「そうか、やはり愚かなのは教皇。ならば消すしかあるまい」
「サガ!?どうしちまったんだよ!?」


ギリリッと力を込められて顔をしかめる。
だが、目の前で苦しむサガを見ていてまさかと気付いた。
サガには、危ういところがあった。
善人であろうとすればするほど、それはどんどん黒く増長していく。
それに気付いたのは、ほんの偶然だった。
人よりも長く生きた故か、他の仲間では気付けずいたそれに気付いたのだ。
だが、こればかりはマリアであっても何も手出しできない。
心の問題は、支えることはできても最後には己で解決しなければいけないこと。
それを彼女は充分理解していたのだ。
極力見守っていたが、どうやら限界はマリアの予想より遥に早かったらしい。
気付いていたのに、ここまで何もできなかった自分が腹ただしくてしかたない。


「デスマスク」
「え?」


後悔に苛まれていた所に、サガに呼ばれた。
ふと見上げた先には、いつもの優しい顔をしたサガ。
唇が何かを伝えようと動いたので、ただそれを見ていると自身に衝撃が走る。
それと同時に、マリアの意識は闇に堕ちてしまった。












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