聖闘士星矢2

□風邪っぴき
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その日の朝はいつもより身体に力が入らなかった。
生きた年月は老人を通り越して仙人の域ではあるが、身体はまだまだピチピチの18歳である。
無理の利く身体というのは便利なもので、少しの体調不良であっても動かすことに支障はない。
気のせいだと結論付けて日課をこなし、聖域へ頼まれていた報告書を持って訪れたさいに童虎の小宇宙を感じ取ったシオンが光速で迎えに来、一目で顔色を悪くさせた。


「無理をするやつがあるか!!」
「ほにゃっ?!」


突然そう叫ばれたと同時に横抱きに抱えられて、童虎の守護する天秤宮の自室の寝台に放り込まれる。
あれよあれよと額に濡れたタオル、アイスマクラを宛がわれ口に突っ込まれた体温計がピピピと機械音を鳴らす。
それを童虎が見る前に引ったくられてじと目でシオンを見ていると、呆れたと言ったような溜め息がこれ見よがしにつかれた。


「童虎よ、いくらお前が体温が高くとも39度は高熱だと思うぞ」
「何と、そんなにも高かったのか」


シオンの言葉を聞いて、キョトンとした後他人事のように呟く。
自覚が全くなかったわけではなかったが、まさかこの自分が風邪を引くとは思っていなかったのだ。
それに盛大に嘆息して、シオンは薬をもらってくると言って体を離した。
後ろ姿を見送りながら熱く火照る息を何度も繰り返し、そっと無意識に伸びた手に驚いて、ピタリとその手を止める。
背を向けているシオンには気づかれなかったようで、大人しく寝ていろと言い残し部屋を出ていった。
とたん、全くの静寂というわけではないが今まであった音が遠くに感じる。
天秤宮は十二宮の後半部分にあるためか、人の気配や声は聞こえてこない。
それに何だか心寂しく思えて、シオンの帰りを待っていた。
うつらうつらと睡魔が顔を出してきた頃、ドタドタと来訪者の足音が廊下に響く。
ぼんやりとドアの方に視線を向けると、バタンッと音を発てて紫龍が入ってきた。
その後を追ってきたのであろう、異母兄弟の星矢と瞬、氷河が慌ててなだれ込んでくる。


「老師!!ご無事ですか?!」
「しりゅ、はやっ!」
「ちょ、ダメだよ紫龍!」
「相手は病人だぞ?!」


血相を変えた弟子は異母兄弟達が宥めようとするも聞く耳はないようで、童虎が横になっている寝台に側に駆け寄ると所謂車田泣きをしながら膝を折る。


「老師、まさかご病気とは気づかず、不出来な弟子をお許しください。俺はまだまだ半人前です、貴方からまだ多くを学びとうございます。ですので、ですので死なないでくださいぃぃぃいいいっ!!!」
「し、紫龍や、わしはただの風邪じゃぞ?」


不治の病のごとく嘆く紫龍に、童虎はぼんやりとする頭を軽く振りながらシーツの上から覆い被さりしがみつく弟子を宥めた。
だがいまだに泣き止まない紫龍に嘆息し、童虎は瞳で後から来た星矢達に事情を話すように促す。


「その、さっきシオンに会って、老師は高熱で病に伏しているって言われて…」
「それ聞いて、紫龍が真っ青になってここに走っていくから追いかけたんだ」


苦笑する瞬の隣で、星矢と氷河は呆れたように肩を竦める。
シオンの言葉が足りなかったのもあったかもしれないが、自分に何かあった際にここまで取り乱すとなると、再度修行のやり直しがは必要だなと童虎は治ってからの新たな修行カリキュラムを構築させた。
しかしいつまでもここに居させるわけにはいかない。
もしかしたら三人に風邪を移してしまうかもしれないと、童虎はやんわりと紫龍を自分の上から退かせると見舞いの感謝を告げて外に出るように促した。
星矢達も病人に無理をさせるわけにもいかないと理解しているため、愚図る紫龍の首根っこを瞬が問答無用で掴みお大事にと出ていった。
再び訪れた静寂に、童虎はまた身をシーツで包むと目を閉じる。
そのまま自分が寝入ってしまったのに気付いたのは、また誰かがこの天秤宮に足を運んだのを小宇宙で感じたからだ。


「老師、ご無事ですか!?」


コンコンッと控えめにノックの音が響くと、こちらを気遣うように小声で入ってきたのはミロ。
その後に心配そうな顔で入ってきたのは、所謂黄金の年少組であった。
手には見舞いの品なのか、果物の入った籠を代表してムウが持っている。
クリスタルウォールで自身の左側を防御しているのでどうしたかと詳しく見ると、目を閉じているにも関わらず籠にロックオンしているシャカから守っているようだ。


「おお、お主らも見舞いに来てくれたんか」
「お元気そうで良かったです」
「いや、もしかしたら無理をされているのかもしれない!」
「まぁまぁ、落ち着けミロ、アイオリア」


あわあわとする二人をアルデバランが宥める。
その様子に呆れたように嘆息しながら、ムウはサイドテーブルに籠を置いて一礼した。


「老師、お加減はどうですか?」
「うむ、先程少しばかり寝たから楽になったぞ。それに風邪じゃからな、そこまでたいしたことではないわい」
「ああ、やっぱり風邪だったんですね」


ムウの言葉にきょとりとする。
数時間前にあったことを話し出す。
十二宮をまさに光の速さでかけ上がらんとする紫龍と、それを必死に追いかける星矢達。
紫龍のただならぬ雰囲気に、黄金達は一体どうしたことかと騒然とした。
少しばかり遅れて追いかけている星矢達を捕まえて話を聞けば、童虎が病で倒れたと言うではないか。
18歳の身体と言えど、ご老人には違いなし。
やれ不治の病やら、MISOPETHA-MENOSの副作用やら色々な臆測が飛び交ったそうだ。
ただそれを聞いたムウは、風邪の可能性も考えていたため、大事ではないことに少しだけほっとしている。
ミロ達も風邪だと理解したのか、良かったと安心すると同時に、早く良くなって欲しいと伝えた。
去っていく際に、この部屋に入ってからずっと果物を狙っていたシャカにバナナを分けてやると、甘やかさないで下さいとムウに軽く怒られた。
年少組が出ていったのと入れ替わりで、今度はデスマスク、シュラ、アフロディーテが顔を覗かせる。


「お、爺さん起きてたか」
「デス!老師になんて口の聞き方だ!」
「シュラも煩いよ!老師は病人なんだから静かに!」


アフロディーテに怒られる二人を見て、自然と笑みが溢れる。
暗い13年を共にしてきたこの三人は、他の者達よりも絆が強い。
そして真に聖域を想っていることは、今や誰もが知っていることだ。
怒るアフロディーテにへいへいとおざなりに返事をしなごら、デスマスクは手にしていたお盆を童虎に見えるように差し出す。


「あんた、お昼まだだっただろ?雑炊作ったから食べれるなら食べろよ」
「デスの手作りか!これは楽しみじゃのう!」


デスマスクは手先が器用で中でも料理には一番の自信があった。
その自信を裏付けるように、巨蟹宮からは彼の料理目当てで集まる楽しそうな声が絶えない。
童虎とて、デスマスクの手料理には大変お世話になると同時に楽しみの一つとなっている。
渡されたお盆ごと受け取り、蓋を開けてみれば卵とキノコのシンプルな雑炊だったが、美味しそうな匂いが鼻孔を擽り腹の虫を鳴かせる。
一口食べれば薄くも優しい味付けが口の中に広がり、童虎を喜ばせた。


「相変わらずの腕じゃな」
「どーも。それくらい食欲ありゃ大丈夫だろ」
「老師、お体に障るといけないので我々はこれで失礼します」
「食器は後で取りに来ますので、デスが」
「俺かよ!」


慣れたような会話の流れに童虎も笑った。
それではと退室する三人に手を振って見送った後、残りの雑炊をたいらげるべくレンゲを口元に運ぶ。
美味しさ故に全てたいらげると、また誰かが訪問してきた。


「老師、今は大丈夫でしょうか?」
「うむ、良いぞ」


扉を開けたのはアイオロス。
続いてサガと、海界から戻ってきていたのであろうカノンが顔を覗かせた。
休憩の合間だろうか、アイオロスとサガは法衣を纏っている。


「お風邪を召されたとお聞きしましたが、ご体調はいかがですか?」
「ほっほっほっ、心配かけたのう。ほれこの通り、回復してきておるよ」


サガに問われたので両腕に力こぶを作りながら笑えば、安心したように微笑む。
相変わらずの微笑みにどこか安心していると、アイオロスがサイドテーブルに置かれた籠と小鍋を見つける。


「ああ、やはりリア達も見舞いに来たんですね」
「うむ、紫龍が勘違いをさせたみたいでのう、すまんことをしたわい」
「それも貴方を思うからこそでしょう。この小鍋はデスですかね?」
「よう分かったのう。わしのために昼飯を持ってきてくれたんじゃ」


後で返さなければと言う童虎に、下に降りるついでなので自分が返却しておくと、カノンがそれを手に取った。
どうやらカノンも忙しい中に顔を出してくれたようで、そろそろ海界に戻らねばいけない。
ならばとすまんと一言添えてお願いすることにした。
二言三言交わし、休憩時間も終わるとあって三人は各々に退出を述べて一礼する。
それにやはりニコニコしながら見送ると、童虎はポスンッとベッドに身体を横たえた。
うつらうつらと再び眠気がやって来て、すっかりと意識が沈んでしまった。








不意に意識が覚醒していく。
まだ少し気だるい身体を動かして寝返りを打てば、直ぐ傍に今朝以降見なかった顔があった。
ベッドサイドに椅子を何処からか持ってきたのか置き、書物を眺めている。
端麗な横顔を見ていると、その視線に気づいたのか紫の瞳がこちらへ動いた。


「ああ、起きたのか」
「シオン…いつ戻ってきたんじゃ?」
「一時間くらい前か」


書物を閉じ、片手で童虎の前髪を撫でる。
その手に心地よさを感じながら、童虎はゆっくりと瞬きを繰り返す。
それにくすりと小さな笑い声が降ってきた。


「眠いなら寝てしまえ。その方が治るぞ」
「分かっておる…お主は…」
「私はここにいる。その為に仕事を終わらせてきたからな」


その言葉と同時にチュッとリップ音を鳴らして唇が重なった。


「…移るぞ」
「お前の風邪なら構わん」


そう言って笑うシオンに、童虎も笑みを返す。



翌日、すっかり元気になった童虎は、自分のベッドで案の定風邪を引いているシオンの世話をすることとなった。








end
 

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