LOST CANVASの章
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いつ来てもこの宮の園は目を奪われるモノがあった
ハクは時折、この双魚宮の薔薇園を訪れていた
珍しい薔薇を見るのもあったし、ジャミールの地では嗅いだ事のない匂いが気に入っていたからだった
「―――…アルバフィカ様、こんにちは」
美しい人だった
女として生まれたハクよりも見目麗しい人だった
それがこの宮の守り主―――アルバフィカだった
何度も宮を訪れたことのあるハクは、その姿を幾度か見たこともあったが言葉を交わしたことはなかった
最初はすれ違うだけで、言葉さえ掛けられず、勇気を持って今のように挨拶しても返されることはなかった
まるで薔薇のような印象だった
「……君は、薔薇が好きなのか?」
一瞬、誰の声で、誰に言っているのかわからなかった
面を上げると、いつも通りすぎていくはずの黄金が立ち止まっている
周りを見ても自分と相手以外に人の姿は見えず、ハクは慌てて首を縦に振った
「そうか。ならば、これをあげよう」
青年の声と共にハクの元へ舞って来たのは、一輪の薔薇であった
「くれるんですか?」
アルバフィカはその問いに応えることはなく、そのまま奥へと歩いて行った
取り残されたハクは、その態度に不満を抱くこともなく、彼の優しさの結晶を抱いて宮を後にした
棘を除かれた部位を持ち、ずっと眺めるだけでいた花に笑みを零していると道の先に見知った人を見つけた
「デジェル先生!それにアスプロス様も!こんにちは」
今となってはハクに様々なことを教えてくれるデジェルは、溌剌とした少女の声に振り返った
どうやら双子座のアスプロスと対話していたようで、ハクは彼に向けても礼をする
「休憩中か?」
「そうだよ。そうだ、頼まれている書物の方だけど、明日には届けに行くから」
「頼むよ。それにしても、その薔薇は…」
「そうそう。さっき、アルバフィカ様に貰ったんだ。いきなり話しかけられたから、少し驚いたけど、やっぱりデジェル先生達と一緒で良い人だね」
薔薇を貰えたことが嬉しい、とハクが表情を嬉しさで染めていると、二人の黄金も釣られるように笑みを浮かべた
「アルバフィカは、誰よりも他人を気遣える人間だ。だが、それ故にあのような態度を取っている」
「ハクなら、彼の心を打ち解けさせることが出来るかもしれないな」
友と同じ顔をしたアスプロスの優しい眼差しを受けながら、アルバフィカを薔薇に重ねていると掌が優しく頭に乗る
デジェルの言葉にハクは、アルバフィカの環境を思い出す
神が愛を込めて創りだしたように美しい容貌を持ち、人から慕われやすいアルバフィカ
けれど、彼は自身から人に近づこうとはしない
その行為は、ハクからすれば贅沢なものだと思った
でも、彼の瞳は決して人を貶すものではなく、むしろ誰よりも澄んでいることを知っていた
あの人、本当は―――
「……いつかあの人が心から笑える日が来るといいな」
デジェルの言葉のようになれるとは思えないけれど、心優しい魚座の日常が笑顔で飾られることを薔薇に託す