LOST CANVASの章
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アテナの記憶・力を取り戻す聖なる儀式を執り行う事が決まり、ハクはその身を清めるとして儀式までの3日3晩を鎮守の森に備えられている宮で過ごすことが義務付けられていた
「何も畏れることはありません」
与えられ3日間の猶予(じかん)の中で浸っていたものを見透かしているような男―――テオスの言葉にハクは唇を開くことはなかった
宮の扉を閉じられる間際に最後に見た人物は変わらず穏やかな笑みを張り付けた表情でいる
「古の意思に身を委ねれば、全ては滞りなく済みます。貴方は選ばれたのですから、何も心配することなどありません」
洗礼の最後の仕上げとして、聖水で濡れた指先をゆっくりとハクの額へと伸びていく
その動静は、清められた指のはずなのにハクには忍び寄る魔の手に映り、額に奔った清冷は凍てつく冷気に感じた
出来ることならば、ハクはこの大役から逃れてしまいたかった
紡ぎ手として神託が下って以来、牡羊座となったシオンの温厚な瞳が自分を殺める瞳と重なり、夢では最初の異変を感じさせた名の知らぬ人の影が強くなり、与えられている幸福が崩れ去っていく景色を描くようになっていた
思えば、友を恋しがり、聖域に向かった浅はかな欲に塗れた自分が悪かったのだろうか?
今も尚、ジャミールにて友の帰るのを心待ちにする日々を送っていれば、こんな悩みを抱え込むことはなく、心からシオンの晴れ姿を喜べたのだろうか?
待つと誓ったのにも関わらず、それを破った罰なのか―――
その答えを誰かが持っているはずもなく、ハクは解かれた髪紐を握りしめ、身なりを整えられていく中、掌を口元へと運ぶ
“――――――”
まるで儀式から連れ去ってくれることを望んでいるように、声にならない名を口にした