LOST CANVASの章

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自身の部屋に戻ると、心地よい気配に気づく

心に掛った靄を払うその気配を辿り部屋の中を進むと、真っ白なシーツの上に真鍮の色が見える

自身を愛しんでくれる男の存在に気づき、ハクは静かに腰を下ろす


「…ヒュプノス」


彼の名を呼ぶも瞼を下ろした彼が反応をすることはなかった

ハクはその眠りを妨げることはなく、ただその寝顔を眺めていたが、彼の手元に落ちている書に目が行く

久しぶりに目にした書にハクは手を伸ばす

手に取ったそれは、真新しいモノではないことは一目でわかっていたが、それ以上にハクはその表紙に目を奪われる


「この本は…あの時の、本」


古の文字で綴られた題名

確かにそれは、かつてジャミールの書庫で手にした書と同じものだった

その時の事を頭で巡らしながら題名を指でなぞり、中身を開ける


「遥か遠い昔、神の怒りに触れた地上に災いが転じ、地上は苦しみに苛まれ始めた。緑は枯れ、作物は腐り、脆い人々は希望を失った」


今の時代には不釣り合いな文字の群れを読み解いていくハクは、様々な感情で心が次第に焦がれるのを感じる


「だが、苦しみが溢れる世の中で一人の少女は、希望を捨てることなく居た」


紡いだ言葉の数だけ、本との過去が聞こえてくるようだった

ハクは、この書と出逢ったことで見た夢を想い出す


ヒュプノス…私は貴方に幾度もせがんで、この本を読んでもらっていた

貴方は、いつだって微笑みながら―――


焦がれが熱へと変わると、手にまで温もりが伝わる

声を詰まらせていたハクが視線を動かすと、自身の手に重ねるように長くも逞しい指が見えた


「起こした?ヒュプノス」

「ちょうど目が覚めた所だ」

「そう」

「この本を読んでいたのか?」

「うん…」


上体を起こし、ハクの手に重ねた指を滑らして、ヒュプノスは自身が持ってきていた書に触れる


「いつも、ヒュプノスが読んでくれていたよね」

「ああ…お前はこの話を取分け気に入っていた」


懐かし気に書に視線を向けたまま、ヒュプノスの口元に笑みが浮かぶのが見え、ハクは噺を語ってくれる彼の姿を重ね、書の記憶を辿る



希望が亡くなった世界に、一人の少女が希望を芽生えさせるように、荒れた地に樹を育てる御話

それが、書に綴られた話であり、ハクはそれを好んでいた

何故と問われれば、浮かぶのは冥界の光―――ペルセポネ


“ハク、私は―――”


彼女が話を読み終えた後、微笑みながら何かを語り出す


「ペルセポネが好きだったから…」


彼女の姿が靄を運び、ハクの瞳に陰りを見せる

面を上げたヒュプノスは、冥界の女王を想い出したことと、その心情を察した


「でも、もう彼女は居ないんだよね…」

「苦しいのだな」


ヒュプノスの指がハクの髪を愛しく撫でる


「彼女が居ない事実は、辛いよ…でも、それ以上に私は彼女を忘れていた自分が嫌だ。貴方のことだって、私―――」

「…自身を責めることはない」

「でも、嫌なの…貴方が私にとってかけがえのない存在だってわかっているのに、自分の記憶が曖昧なのがっ」

「ハク」

「ヒュプノス。私は、想い出したいの…貴方達と過ごした日々を、自分の存在意義を…!だから―――」


ハクは、自身に触れていた手を取ると、縋るようにその指をなぞり、握る



「―――お願い、ヒュプノス」



貴方の手で、どうか



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