LOST CANVASの章

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ハクの故郷と呼ぶべき場所は、決して常人が住みやすいと思える場所ではなかった
空気は薄く、冬になれば人肌には辛い寒さ
植物だってほとんど育ちはしない
そのような環境は、子供には辛いものだった
それでも一族が生活出来たのは、その特異というべき血のおかげであろう
古の血を受け継ぐ一族は、大なり小なり“力”を操る術に長けていた
その“力”は常人には辛い寒さを凌ぎ、時には岩をも砕く
そして何よりも一族特有と言うべきは、瞬間移動や念動力
それ故に、一族はこの地で生きてこられていた



「―――冷えて、きたなぁ」



だが、ハクにはその血による恩恵はなかった

あるはずなど、なかった

薄れていけど、ジャミールの血を受け継ぐ者に黒髪など生れはしない
受け継ぐ者は全て、明るい髪色をしている

「ほら」

そう、差し伸べた手を持つ幼馴染みのように明度の高い髪

自身の髪とは全く似つかない太陽の帯にも似た髪
それは羨望の色であり、疎外の色であり、愛しい色


「…シオンの手、暖かいや」


自身の存在を確かめるために繋いだ手を握り締める


シオンの、小宇宙…


そうすればまるで、彼の暖かな小宇宙に包まれているのを感じる
一族の血はないが、ハクも微かに小宇宙を操る術は学んでいた
それにより、親友であるシオンの小宇宙に包まれることに心地よさを感じるが、シオンと離れるといつも想うのだ



いつか、二度とシオンの体温も小宇宙も感じられなくなる時が来るんじゃないかと



「どうした?」

「なんでもないよ。ただ…冬が近くなってきてると思って」


ハクの表情に気付いたシオンが声を掛ける

季節は秋に入ったばかり
先日までは、あんなにも穏やかに思えた気候は遠ざかっていた
夏になると高山地帯のジャミールは、季節の中で最も過ごしやすく、ヒマラヤ山脈に住む動物は涼しさを求めて山脈の上へ昇ってくる
逆を言えば、冬になると皆が雪から逃れるように地上に向かうのだ


「……そろそろ、ユキも行かさないとな」


シオンの言葉がやけに響く
当初よりも成長し、自分で獲物を狩ることを覚えたとは言え、ユキが独りで生きていけるのかハクは心配だった
だが、それよりもユキと離れるのが幼いハクには辛かった

けれど、そうしなければいけないこともわかっていた

寒さに強いユキヒョウとは言え、冬の高山では生きていけない
何よりも、狩る動物が居ない場所では飢えてしまう


「―――そうだね」


別に二度と会えなくなるわけではない

そう、ユキも、シオンも……会えなくなることなんてない


「今度、ユキを連れて下に降りよう。人が来れない場所を見つけないと」


足にすり寄ってきたユキの毛並みを撫でてあげながらハクが提案する
シオンは、その言葉に当然のように約束を結んだ



「もちろんだ。一緒に見つけよう」



明るい笑顔に安心するかのように、ハクは目を細め、大切な者らと共に道を折り返した


この日常による、当たり前の幸せを噛みしめて…―――



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