LOST CANVASの章

□2-7
2ページ/3ページ




部屋の中には一つの机と幾らかの書物、そして女性だった

転がる様に机に伏せた顔はわからなかったが、骨格からデジェルは女性だと判断した

書物を修復出来る者が来たと聞いて来てみれば、それらしい人物は眠りに落ちている

ならば、一先ず自身の宮に帰ろうかとデジェルは彼女に声を掛けずに引き返すことに決めた


「……ゆき…?」


デジェルの小宇宙で舞う雪の結晶に刺激されて小さな背中が動き、一つに結ばれた髪が揺れる


「すまない。起こしたか?」

「……少し寝ていただけ…貴方は、誰?」


まだ眠気から起きれていない頭を起こし、小さく欠伸をしながら少女がデジェルの顔を見ようとした


「私はデジェル。水瓶座の黄金聖闘士だ」

「水瓶…黄金……黄金っ!?」


意識が戻った彼女は青い瞳を大きく見開き、その姿を上から下まで確かめていた

そして、ようやく事態を把握したのか、慌てて立ちあがる彼女は顔を赤くしていた


「すみません!!こんな姿を見せてしまって!!」

「いや、急に訪ねた私が悪いのだ。それで、君がジャミールから来たハクで間違いないか?」

「はい。もしかして、書物の修復ですか?」

「ああ。だが、シジフォスから頼まれたものがあるようだな。また次回にさせてもらおう」


机の上には、書物が積み重ねられており、恐らくそれは彼女を連れてきたシジフォスの物だろうとデジェルは解釈した


「大丈夫ですよ!それにシジフォスにデジェル様の手伝いをしてあげるように頼まれましたし、私の仕事ですから」

「…では、頼む」


デジェルが抱える本を受け取ろうと手を差し伸べてきた腕

その腕と彼女の表情を見比べた後、デジェルは好意に甘えて本を差し出した


「やはり本に興味があるのか?」

「ジャミールで外の世界を知るには、書物くらいしかなかったんで人並みには興味があります」


物珍しげに渡された本の表紙を眺めていたハクは面を上げた


「と言っても、書物をまともに手に取ったのは結構最近で…聖域のことも、最低限のことくらいしか知らないんですけどね」

「知らないことを恥ずかしがることはない。君は知ろうとしているのだから立派だ。あの男にも見習わしたいものだ…」


はにかんでいたハクは、誰かを思いだして呆れに似たため息を吐くデジェルに首を傾げた


「そうだ。良ければ、私の書物を貸そう」

「でも、デジェル様が持っているのって難しそうですよね?それに私、ギリシャ語も完璧じゃないですし…」

「一般的な書物も置いてある。それに解らない所があれば、私が教えよう」

「えっ!?デジェル様自らですか?!」


デジェルの申し出にハクは表情を固まらした

光栄なことだが、自分が知の聖闘士に勉学を教えてもらうなど想像出来なかった


「もちろん時間がある時だけだが、それで構わないだろうか?」

「構わないもなにも…書物を借りれるだけでも十分ですよ」

「何。1人でも多く勉学に励む者が増えると嬉しい。それに君に本を修復してもらう礼も兼ねて、私がそうしたいのだが?」


目の前のデジェルは本気のようで、ハクは断る術が思いつかなかった


「私では不服か?」

「と、とんでもないです!むしろ、光栄です」

「では、君に見合った本を幾つか選んでおこう」


焦るハクを余所に、他人に勉学を教えられることが嬉しいのか話を進めるデジェル

最早断れることもなく、ハクは迷惑を掛けないようにすることを決め、凍気と共に去っていく水瓶座の背中を見送るのだった


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ