LOST CANVASの章
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自分の名を慈しむように紡ぐハク
それはアスミタにとっては不思議であり、苦しいものだった
「良かった。アスミタ様の名前を聞けて!それじゃ、私は失礼しますね。そろそろ仕事に戻らないと」
事を成し遂げることが出来、満足したハクはその場から立つと、自身の仕事場に戻ろうとした
「そのお菓子食べて下さいね。アスミタ様」
別れのお辞儀を済ませ、踵を返そうとした時だった
ハクの歩みが止まる―――いや、止められた
振り返ると腕を伸ばし、自身の腕を掴むアスミタの姿があった
「アスミタ様?」
「アスミタで良い」
「えっ?」
「それに敬語もやめたまえ。君は女官でも聖闘士でもないのだ。普通に接してくれて構わん」
「いいんですか?」
「何度も言わすな。私が言っているのだ」
アスミタの全ての行動にハクは目を丸くしたが、次には嬉しそうに笑う
「わかった。それじゃ、アスミタね」
表情はわからずとも、彼女が喜色満面の姿を自分に向けていることがアスミタはわかり、心が満たされる感覚がした
「…また来るといい」
「本当!?なら、絶対来るね」
掴まれている腕を見下ろすハクに、そう言葉を掛ければ弾ませた声が聞こえる
そして、掴んでいた温もりはすり抜けるように離れていった
「ハク」
宮の外に向けて歩こうとしたハクだったが、初めてアスミタに名を呼ばれ、彼を振り返った
「君の名も素敵な響きをしている」
トクリと小さく心臓を跳ねさせ、ハクは「ありがと」と述べると嬉しさを胸に抱いて宮を後にした
その姿を見送る中、アスミタは先程まで彼女を掴んでいた掌に視線を落とした
「…馬鹿だな、私も―――」
愚かだとしても、捨てきれない想い出が浮上した