LOST CANVASの章

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花瓶に一輪の薔薇を挿し机に飾ると、仕事で溢れる机が色鮮やかになった

窓から入り込む風によって薔薇の香りに部屋が染まる

それは仕事に追われるハクにささやかな癒しを与えてくれた


「任務?」

「ああ。しばらくエルシドと共に調査のために聖域から離れることとなった」


水を換えた花瓶を手に持ちながらシジフォスの話を聞いていた

恐らくその調査は、ジャミールに来てまで調べていることに関連していることだと察せれた


「長くとも1週間だ。その間、留守を頼む」

「1週間…」

「寂しいのか?」

「なっ!違うよ、エルシド!」

「寂しいのなら、シオンに俺から言っておこう」

「シジフォスまで…私、そこまで子供じゃないよ」


失礼だ、とハクがむくれるとシジフォスはもちろん、エルシドも微かに笑みを浮かべる


「それじゃ、二人とも気を付けてね」

「ああ。ハクは、仕事ばかりしてはいけないぞ。それにご飯は」

「シジフォス、そんなに心配しなくてもハクなら大丈夫だろう。では行ってくる」


まるで幼い子供を1人で留守番させることに不安を抱く兄のようだ、とハクとエルシドは思った

そしてハクは人馬宮から消えていく二人の背中を見送り、花瓶を胸に執務室へと戻っていった


「シジフォスに言われたけど、少しでも進めておこう」


意気込むとハクは、積み重ねられた品に手を伸ばした







“ハク…私の愛しい―――”


ハクは、そっと瞳を開ける

聖域に来てから、毎日が充実しているようで、独りになる時間などほとんどなかった

思考は常に新しい刺激と仕事に満たされていたためか、埋もれていこうとしていた感覚


「…また、あの人…」


けれど、今になって夢見たあの光景に、数日間沈んでいたモノが這い上がってきた


「私の何なの?」


自問自答するように言葉を零しても無意味で、ハクは執務室から抜け出した

転寝している間に宮は静かになっており、脈打つ心臓の音が体を伝う

人馬宮から外へ出ると、空は星屑と月の明かりに照らされている


何で、こうなんだろう


あの男を知れば自分は幸福なのだと想えるのに、それに不安を抱いてしまう

ハクは階段に座り込むと、全てを抑え込むように自身の体を抱きしめた



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