LOST CANVASの章

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「君がこの聖域でそんな顔をするなんて皮肉だね」


崖の上に立つ青年は、組み手をする二人の少年を傍らで見守る少女の光景に同情の言葉を差し向ける

古の時代から双子神に愛される少女をこの地で目撃するとは予想にしていなかった


「まだ記憶を取り戻せていないんだ。それとも取り戻さないようにしているのかな?」


恐らく後者だろうが、青年にとってはどうでもいいこと

少女がこのまま地上で暮らそうが関係なかった

けれど、今の現状を維持されては支障が出かねない


「…君が居るべき場所へと帰してあげるよ」


それを危惧した青年は、使者により教皇の間へ呼ばれた少年らと取り残される少女に向けて花弁を空中に舞わす



まるで呪いを手向けるように







ハクは十二宮から少し離れた場所を歩いていた

先ほどまでシオンと童虎の組み手を傍で見ていたが、二人は教皇の呼び出しが掛り教皇の間へと行ってしまった

その理由を二人は教えてくれなく、大人しく待っておくようにハクは言われていたが周辺を散策していたが、気づくと今までと雰囲気の違う場所に辿り着いており、物珍しいと其処へと足を踏み入れた

聖闘士候補生たちが使うコロッセオとは違い、まるで何かを祀ってあるような空間

多少なりとも損傷はあるが、綺麗に整備された場所を見渡していると、何かが視界に入りこむ

中央の舞台に設置されたそれは石碑であり、文字が刻まれている



「―――白い厄により穢れた地に浄化の謳を刻み込もう。我らの女神に捧ぐ讃美歌を」



文字にこびり付いた土を取り除くために指先を伸ばし、触れた時にハクは唇を動かすのをやめる

その原因は、ハクの体温に刺激されたように空白だった石碑の一面が光の線を奔らせ、文字を綴りだしたからだ

光によって浮かび上がった文字はまるで生きているように蠢くと、ハクの皮膚へと流れ込んでいく

その異変にハクは動けずに居た

いや、その光景が見えていなかった



代わりにハクの思考が捉えていたのは、黄金の色と何処からか流れる歌


今まで何度か見てきた、友の面影のある姿


いつか現実になる幻にハクは何も言うことなく、その表情を仰いでいたが向けられる視線に困惑する


まるで射抜くような視線は自身が居る方向に向けられていた


ハクは背後に何かあるのかと振り向こうとしたが、体は別の動きをとり、唇は何かを言ったが、空より聞こえる歌により聞こえない


そして自分の意識と関係なく動く体と、構えをとる相手


組み手をしている時と似ているようで、全く異なる相手から感じる小宇宙の高まり



“シオン――――どうして・・・?”



現実と錯覚する状況にハクは、何が起こっているのかわからなかった

ただ、敵意を向ける友が自分を殺そうとする映像に心が痛く、体に走った生温かい電流のような感触に全身の血が抜けていく


体は地に落ち、虚ろう瞳で捉える友は、自分に手を差し伸べることはなく無情に遠ざかっていく



「……何で、私が…?」




信じられない実態にハクは元に戻った己の体を確かめた

その体を誰よりも信頼を寄せる友の手によって痛みを与えられた感触は、もうない




違う、あれは私じゃない


だって、私とシオンは―――っ!!





「…ただの、幻じゃない……」



受け入れたくない光景に、今まで現実となると信じていたのに



幻を否定した



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