LOST CANVASの章

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故国と呼ぶべき地にも根を張る山脈は、聖域に行く前と変わらずの風が吹いている


「―――ハクの葬儀ですか?」

「…ああ。だが、遺体はない」

「なのに、葬儀を?」

「ハクの祖父母の要望よ……万が一生きていたとしても、ハクはもう戻って来ないことを二人はわかっておるのじゃ」


ハクレイに案内された先には、幾人かの人々が囲むように立っている

空には色とりどりの布が死者の魂を黄泉路に導くヘルメスに見つけてもらうために靡いている

弔いの焔が放たれる時、アスミタは中央へと近寄る

すると、それに気付いたハクの育ての親が振り向いた


「乙女座様。わざわざ来てくれて、ありがとうございます」


悲しげに微笑む女性にアスミタは返答を返すことはなく、その腕に抱えるモノに目が行く

その視線に気づくと、女性は憂いを帯びた仕草で抱えたモノに触れる


「…ハクが私達の所に来た時に身に着けていたものなのです」

「来た時とは?」


違和感を与える物言いにアスミタは意味を問う

問われた祖母と隣に居た祖父は、少し驚きを覚えたが、すぐに返答の言葉を準備した


「あの子は、わしが拾ってきた子なんじゃ」

「っ…」


僅かに眉を顰めたアスミタの表情から、ハクが彼に話していないことを悟ると祖父は薄れかけた記憶を想い出すように煙が上がる弔いの場を見やる


「捨てられて、いたのかね…?」

「どうじゃろうな。何せ、ハクは名前ぐらいしか覚えておらんかった。この衣服からして大層な家の子だったのは確かじゃろう。人攫いに遭い、逃げてきたのかもしれん…」


ハクの生い立ちに触れたアスミタは、それ以上追及することはなく、衣服を手にしたまま焔に歩んでいく夫婦を止めることはなかった


「ハクは、ジャミールの者ではなかったのか」

「…血は流れていなくとも、ハクはわしにとって大切なジャミールの子よ」


煙が勢いを増していく中、独り言のように落とした言葉にハクレイが答える

天に昇り雲に溶け込んでいく白煙を見つめ続けるアスミタの横顔から何かを読み取ろうと試みた

けれど、それは叶わず、ハクレイは心中に仕舞い込んでいた疑問に悩む


「アスミタよ…お主が抱え込んでいるモノは、一体何なのだ?」

「ハクレイ殿。それを知ってどうなさる気ですか?」

「じゃが、わしの考えが正しければ―――」

「それは貴方の憶測でございましょう。それに事実だとしても、最早それは無意味ではないですか」


視線をゆっくりと滑らし、自身の方へ表情を向けたアスミタに、ハクレイは彼の心中にそれ以上踏み込むことは出来なかった



玉響に見せた優しくも切ない微笑みを消し、アスミタはそっと踵を返していく



「…やはりこの世は――――」



微かな囁きは、煙と共に空へと消えた



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