創作世界

□彼女の故郷の書店にて
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「あ、クロウさん 少しだけ書店寄っていいですか?」


年季の入った白めのグレーのレンガ仕立ての2階建てに指差して
聞いた言葉に、彼は建物を少し見上げて頷いた。

時計塔の街、ツァイト

世界に誇るほどの美しいデザインの大きな時計塔がシンボルの街
ツァイトは私、フィアナ・エグリシアの地元だ。

私の記憶が正しければツァイトに戻ってくるのは丸3ヶ月ぶり。

もう少し定期的に帰りたいなと思ったけど、
他の旅団員さんは年単位とかはザラにあるらしい。 流石旅団というか。

少しだけ古びた扉の取っ手に手を掛けて、扉を引く
扉の上に設置されている鈴がチリリンと音を鳴らした。

冷房の効いた涼しい室内と書店らしい本の香り。
開けていた扉からクロウさんも店内に入った。


「こんにちは」
「はい、いらっしゃ・・・おやぁ! フィアナちゃんじゃないかえ?」
「ご無沙汰しております」


店の扉を閉めるクロウさんを視界に納める。
店内奥に居たおばあちゃんがいそいそと出迎えてくれた。


「随分と久しぶりだねぇ 元気だったかえ?
 旅団に行ったと聞いてたけど怪我はしてないかい?」
「おかげさまで。 初心者なので細かい怪我はしょっちゅうですけど」
「おやぁ・・あまり無理はせんでねぇ」

「はい。 おばあちゃんもお変わりないようで何よりです」
「あっはっは、元気だけで取り柄でねぇ」


あっけらかんと笑顔を見せたおばあちゃんを見て笑う。

おばあちゃんが1人で経営してるツァイトの小さな書店。

王都まで足を伸ばせばもっと大きな書店があるけれど、
おばあちゃんの本趣味が良いので、本を買う時はここに来たくなる。


「ところでお隣に居る色男はフィアナちゃんの彼氏さんかえ?」
「え、」


唐突に振られた話の内容に思わず意味も無く、
右隣に立ってたクロウさんを見上げた。 ほぼ同時に目が合う。

彼が何か言いかけるような気配はなくて、ただ見つめ返しただけ。

その目から少しだけ逸らして、おばあちゃんに苦笑いを見せた。


「・・違いますよ」
「違うのかえ? 残念やのぅ・・」
「残念って」


困り気に頬を掻く。
隣で店内を見渡しているクロウさんが視界に映った。


「まぁゆっくり見ていってねぇ この間新刊入ったからねぇ」
「あら、ほんとですか。 そうします」


両手を合わせておばあちゃんに笑いかけ、
クロウさんを見上げて店内奥を指差した。

おばあちゃんに会釈と、前に歩を進める足。
後ろから靴の踵が鳴る音が耳に届いた。

見渡した本棚は前回来た時と変わってなくて、新刊ゾーンで足を止めた。

本棚を見上げる私に、クロウさんが隣に立って同じように
綺麗に並べられた本を目で追う。


「何か欲しい本でもあるのか?」
「んー、迷ってます。 気分と見つけ次第かな?」


笑いながら目の留まったタイトルの小説を、
人差し指に引っ掛けて本棚から取り出す。


「あら、これ推理物ですね」
「推理物が好きなのか?」
「好きですよ、割りと読んでます。
 でもなんとなくオチが読めちゃって『やっぱり』ってことが多いかな」


苦笑いしながら流し読みし終わった本を本棚にしまう。

しまった本のすぐ側にあった、馴染みある著者名が目に入り
本棚から取り出し、ページを開いた。

クロウさんが隣で「それは・・」と小さく呟いたのが聞こえた。


「それは、なんですか?」
「・・・ お前なら今ので読めただろう」
「『回りすぎ』ってことですかね。 察せても確信ではないんですよ?」

「結果合ってるがな。 ・・・手に持ってるのはあの続編か?」
「ですね。 これ買おうかな、」


クロウさんからお借りしたシリーズ物小説の続編。

「ここ半年ほど新刊来ていないからそろそろだとは思うのだが」
と、半月ほど前に言ってたクロウさんの独り言は当たりだったなと思う。

回想から始まる序章を読み始めると、
ひょっこりとおばあちゃんが姿を現した。


「フィアナちゃんが本が好きなのは知っとるけども、
 お連れさんも本が好きなのかえ?」
「割りと読んでますね」
「ほう、ならこの本はどうじゃ?」


おばあちゃんが手に持っていた本を一冊、クロウさんに手渡す。

クロウさんが本のタイトルを見た。
表情からしてどうやら知らない本だったらしい。


「うちのお勧めなんじゃが、読んでみる気はないかえ?」
「・・スクリ著ですか。 ふむ・・・」


クロウさんが最初の数ページをぱらぱらと捲りだした。
おばあちゃんお勧めだという本の内容が気になって、少し背伸びする。

背伸びに気付かれたのか、本の位置が一段階下がった。

凄い流し読みだったけど、どうやら噂の悲劇シリーズではない雰囲気。

3分の1ほど流し読みを終えた後、また本の位置が高くなり、
中盤から後半ページを捲りだしたクロウさんを見上げていた。


「どうですか?」
「これは・・・買いだな。 それと彼女の持ってる本も一緒にお願いします」
「えっ、」
「毎度あり!」


クロウさんの手の中で閉じられた本。

ついでに私が中途半端に開いて読んでいた、
シリーズ新刊もクロウさんに持ってかれた。

会計の方へと歩き出すおばあちゃんとクロウさんの後姿を見て
はっとなり、店内を小走りで追いかける。


「あの、 クロウさん」
「なんだ?」
「その、本、」

「あぁ。 俺が買えばフィアナも読むだろう?」
「・・その逆でも私は一向に構わないんですけど、」
「年下の女にそんなことさせられるものか」


苦笑いするクロウさんと、済まされていく会計の様子。
どうも遠慮が混じって頬を掻く。

会計が済まされて、紙袋に入れられた一冊の本が手渡された。


「いいから受け取っておけ。 読み終わった後に貸してくれたらそれでいい」


両手で受け取った本一冊入った紙袋と彼を交互に見る。

先ほどおばあちゃんのお勧めだという本が入った紙袋片手に、
会計カウンターから出入り口の方に歩き出すクロウさん。

おばあちゃんがカウンター越しで
「またのお越しを」と手を振っていたのを会釈で返した。

クロウさんが扉を開けて、隙間から入ってくる夏の風。

店内から出た彼は、私が出てくるのを待ってるのか
開けた扉を支えたまま動かず、私は慌てて小走りで書店から出てきた。

扉を閉める彼の動作を見てから手に持っていた本に目を向ける。


「・・・貸すと言わずちゃんと返します」
「律儀な女だな」





彼女の故郷の書店にて



(だって既に何かとお世話になってますし・・流石に嗜好品までは)
(本の一冊くらい俺は気にしないが)
(私が気にするんですってば)
(・・・ フィアナ、明日の昼の予定は?)

(え。 明日の昼、ですか? 特にこれと言っては、)
(なら昼飯頼もうか。 本代はそれで構わんぞ?)
(別に本代にしなくても・・リクエストあればいつでも作りますけど)
(いつでもとは言うが流石に手間だろう)







フィアナ・エグリシア
  クロウも舌を巻く脅威の洞察力を持つツァイト出身の弓使い。
  その彼からいろいろ本をお借りしたので読書本の幅が増えた

クロウカシス・アーグルム
  フィアナの故郷だというツァイトに初めて来た十二使『氷軌』
  スクリ著の悲劇シリーズはほぼほぼ読破した。 因みにだが速読持ち

時計塔の街ツァイト
  南方大陸屈指の強国、アルヴェイト国王都の最寄街。
  王都の最寄街ということもあり繁栄してる。

書店のおばあちゃん
  ツァイトで書店の経営してる。 多分歳は80くらい
  お勧め本を気に入ってもらえたようで嬉しかった

スクリ・グラペウス
  小説家。 代表作は悲劇シリーズだが、他のも普通に書く
  が、割合は【悲劇・暗い7:通常3】程度





 

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