創作世界

□少女の決意と恋心の自覚
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「こんにちは。 フィアナ・エグリシアと申します
 ある人にお礼を言いに来たんですけど・・いらっしゃいますか?」


南方大陸屈指の強国アルヴェイト、王都ラクナーベルの旅団支部。

受付の人に掛け合い、1階の右手側にある広いスペース。

丸いテーブルの周りにある椅子の1つに座り、
目的の人物を待つこと約5分ほど。

その人物は旅団支部の2階に通じる階段を下りてきて姿を見せた。

席から立ち上がり、お辞儀をする。
目を伏せた彼が小さく会釈を行った。

先日クロウカシスと名乗った20代後半くらいの男性は、
テーブルを挟んで私の向かい側の椅子を引いて座り
挨拶するために立ち上がった椅子に、再度腰を下ろした。

彼の暗い金色の髪は右側の方だけ長めに伸びている。
一方で髪が短い左側では、シルバーのリングピアスが目に入った


「お忙しいだろうに呼び出してしまいすみません。
 数日前のお礼を改めてしようと思って」
「・・また随分と律儀な。 大したことはしていない
 俺が好きで割り込んだだけに過ぎん」
「それでも。 ありがとうございました」


座ったまま会釈を行う私に、クロウさんは
居心地悪そうに眉を寄せて小さく頷いた。

その様子を見て小さく笑う。

もう少し彼と親しければ菓子の1つでもお渡ししたかったけれど、
流石に迷惑かと思いやめたのはここだけの話。


「・・正義感が強いのはいいが・・・全く危ないことをする」


溜め息交じりに呟かれた言葉に顔を上げる。


「どうも無鉄砲というか・・軽率すぎやしないか」
「よく言われますし、自分でもそう思います。 でもほっとけなくて・・
 私が間に入って解決することも多かったんです。 ・・けど、」
「・・・・けど?」


少しだけ俯いて、目を伏せる。

今でも。 自分の中にある正義の定義では、
あの時の自分は間違ったことはしてないと今でも思っている。

だってあのままでは、
・・・でも、もしあの場に彼が来てなかったら?

どうなるか分かったもんじゃないと、震えたんだ


「・・・気持ちだけじゃ、どうにもならないこともあるんだなって」


少しだけ目を細めて、呟くように答えた。

勿論物事の全てが話し合いで解決できるとは思ってないけれど、
できれば争い事は避けたかった。

戦う力を持ってたとしても、武器を持ち出さなくても、
話し合いで物事が綺麗に収まるなら当然それが一番良い。

ただそれ以外で、こじれてしまった場合の手段を私は持ってないんだと
痛いほど知ったのはほんの数日前の話


「・・・数日前の件の思案の末に出た答えと読んだが」
「合っていますよ」
「・・成程な。 戦闘はできないと言っていたか」

「はい。 あまり戦うって概念がなくて・・いえ、
 争い事が好きじゃなくて。 敬遠しがちと言いますか・・」
「戦闘物の職というのは当然怪我もするし最悪死に至る場合もある。
 生きるためと思えばお前の考えは悪くはない、寧ろ賢明と思う」

「でもそうして生きていられるのも、旅団の人や騎士団の人のように
 戦えない人の代わりに戦いを買って出てくれる人が居るから。
 結局は守られることでしか生きられませんよ」

「・・・ 随分と達観的だな」
「褒め言葉でしょうか?」
「褒めも呆れも半々。 年に相応しない考え方だと思った」
「そうでしょうか」


小さく息を吐き出すクロウさんに、少しだけ笑った。
腕を組んで、どうも悩む表情が消えない彼を真正面から見つめる


「・・・守られて、生きていることを自覚して。
 人と人の間に争いが起きれば平和に終わるようにと務めてきました。
 ・・それでも、戦う力を身に付けようとしなかったのは・・・
 自分のやり方ではないと思っていたのかもしれません」

「・・・今は違うのか?」
「・・違うんですよ。 考えって変わるものですね」


小さく肩を上げて笑う。

私が通った高校は特戦科生への指導に長けると有名な学院で、
特戦科の生徒さん達が広すぎる運動場で、
必死で武器を振る姿をずっと遠目から眺めていた。

通常授業を受けている普通科生徒の傍ら、
窓の外から威勢の良い声が教室に響くのが常で。

今こうして頑張ってくださる特戦科生徒さん人達が、
将来は戦えない私達を守ってくれるのだろうなと。

ただ私は、どうも武器を持つという感覚がなくて。
武器は持ってしまえば、ほぼ確実に傷を与えるという認識だったもので。

数え切れないほど、特戦科生徒さんの怪我の手当てをした。
切り傷は少なかったけれど、それでも青い痣は見ていて痛々しくて。

だからこそ、 いや、寧ろ。 私は傷を与えながら戦うことより、
傷を癒す手当て等の役回りの方が向いているし自分に合っている、と。

思っていたんですけれど。


「戦う力って、傷つけるためだけじゃないと思ったんです。
 あの日、クロウさんが間に割って入ってくれたように」
「・・・・」

「私が戦えることで守れる人が、救える命があるのかもしれない・・
 そう思ったら、居ても立っても居られなくて」


「後4年早く気付けたら、特戦科行けたのに失敗しました」
なんて笑うと、彼も少しだけ口元を緩めて笑った。


「戦える、ようになりたいんです。 守るために、守れるように
 ・・・なんて相談は、別の人の方がいいのかな?」
「別に構わんが。 ・・・久々に縁を感じるな、2年と半年前になるか」
「?」


口元に手を当てて、じっと私を見つめるクロウさんに疑問符。
一しきり私を見たクロウさんは口元から手を離して少しだけ息を吐いた。


「一応聞くが、リスクがあるのは分かるな?」
「大怪我も負うし、死ぬ可能性もあるんですよね。 承知の上です」
「・・・大した根性だな」
「ありがとうございます」

「旅団希望か?」
「そうですね」
「高校は・・普通科と言っていたな。
 戦いに参加するとして、前衛向きか後衛向きか」
「・・後衛だと思います」


また少し悩むような表情をした彼は、階段から下りてくる際
手に持っていたタブレットを机の上に置いた。

おぉ、タブレット持ち歩く人だった。

画面を叩きながら眉間が寄るクロウさんは、しばらく画面と睨めっこした後
渋り気味に「まぁいいか」と大きく息を吐いた。


「・・・分かった。 暫くは俺も王都に滞在する予定だ。
 最低限までは付き合おう」
「・・え。 ほんとですか」
「あぁ」


思いがけない発言に思わず瞬きを繰り返す。

「・・そういえば王都か、倉庫が開くだろうか・・・」
なんて独り言を零しながら、彼はタブレット操作を続けた。

誰か人を紹介してもらえないかなと思っていただけなのに、
まさか『最低限までは付き合おう』と来た。

トクン、と高鳴った鼓動は実に素直なことで。

目を細めて、瞼を伏せて。 向かいの席に座る彼に顔を向ける。


「・・・唐突で申し訳ないんですけけど」
「なんだ?」
「私、クロウさんのこと 好きみたいです」
「え?」


唐突。

クロウさんは操作していたタブレットから顔を上げて
「今何を言われた」と言わんばかりの表情を私に向ける。

いつものように笑みを見せる私に、クロウさんは怪訝な顔。


「・・・冗談か?」
「いえ? 冗談に聞こえましたか?」
「・・いや、」


眉を寄せて頬杖を付くクロウさんの一連の動作を見ていた。
何か言いたげな口元はなかなか開かれず。

クロウさんの怪訝な表情を見ては、小さく笑いを零した。


「・・・ 何故俺なんだ」
「んー、何故でしょうね。 好きだなと思ったので」
「・・・・」

「初恋ですし、しばらく片想いさせてくれたら
 私としては十分満足なんですけれど」
「・・・ 好きにしろ・・・・」
「なんでそんなに思うとこありげな声なんですか」


溜め息交じりに呆れ返ったような声に思わず苦笑い。

恋心の自覚って意外と難しくないものですね、なんて心の中で語った。
脚の上で組んだ両手に、少しだけ力を入れて握り締めた。

目を閉じて感じる、普段より速く聞こえる鼓動の音は。


「(・・・嗚呼、)」


この感情を、人は恋と呼ぶんだ。





少女の決意と恋心の自覚



(今回ほど前振りもなく軽率に淡々とした告白も初めてだ)
(やだ、人聞きの悪いこと言わないでくださいな。
 至って真面目ですし、これでも結構考えて発言してるんですよ?)
(それは知っている。 ・・・だからこそ意外だ)
(ふふ、ご迷惑お掛けしないように1人で勝手に片想いしてますので)

(それもそれでどうなんだ・・・)
(クロウさん、誰かと連絡取ってるようですけど・・
 私はもう退散した方がいいのかな?)
(寧ろ帰られたら困る。 お前に関する連絡なのだが)
(え?)






クロウとフィアナの初対面・・・じゃなくて、2度目の対面。
記念すべき初対面もいつか書く予定・・・いつになるんだ

フィアナ・エグリシア
  当時高校卒業式から丸1年経ったくらいの19歳の少女。
  王都ラクナーベルの広場で、子供を庇おうとして
  話がこじれそうになったところをクロウに助けてもらった。
  クロウが旅団関係者だと知り、数日後改めてお礼を言いに来た。
  当時はまだ戦闘も弓も魔術も習ってない完全な非戦闘員。

クロウカシス・アーグルム
  元々王都に1週間ほど滞在する予定だったが、
  フィアナの発言により、滞在期間を3週間ほど引き伸ばした。
  タブレット操作は予定確認と、他十二使の所在位置・滞在予定の確認。
  十二使が同じ地方に偏るといざって時に対応できないからという理由。
  この時点ではまだ自分が十二使であることを明かしていない

アルヴェイト王国、王都ラクナーベル
  南方大陸屈指の強国。 何かと舞台になる主要都市
  旅団支部は大通りに面している。 広場は旅団支部より西側





 

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