創作世界

□時空移動、特異体質
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「珍しい本を読んでるね」


旅団支部の1階、設置されていた本を数冊を机の上で広げ、
文字に集中していた頃、真後ろの頭上から降った声にびくりと肩が跳ねた。

集中していただけでは留まらない、ばくばくと音を立てる心臓。
胸に手を当て、恐る恐る声の方へ振り向いた。

淡い緑色の髪をした齢30前後と思しき男性が、
彼女の開いていた本と、彼女を同時に視界に収めている。

彼女が声を掛けた主へと目を向けた視界、
男性の首の側面にうっすら浮き上がっていた白い印に気付いた。

剣先のような十字架の中心を複数の円で囲み、
その円の内側に細かく描かれた、各属性の魔術に関わる複数の事象。


「……十二使、」
「ん」


目を見開いてぼそりと呟く彼女のワードに、
男性は首に浮かぶ模様を左手で覆った。

普通の視野では見えない位置のものを、彼はその手で的確に隠す。

日焼けしやすい季節のわりに、男性の肌は白い方である。
隠されたその模様も、もし外であれば気付けかなかったほど薄いものだった。


「そんな目立つ?」
「や……視界に入っただけなんで、」
「参ったな、分かる人には分かるんだね」


男性の首に浮かんでいたのは、旅団十二使の証である『使印』だった。

十二使といえば、数千人を擁する旅団の中に12人しか居ない幹部だ。

旅団という組織の中でなくてはならない重要な人物であり、機密事項である。
旅団に属していながら十二使の存在を知らないものも多かった。


「そんなところに使印出してていいんですか。
 機密と身分を同時に明かすようなものでは?」
「残念ながら位置はランダムなんだよ。 できれば僕も隠したいんだけどね」
「……マフラーでもしたらどうですか」
「できるだけ着けてるよ。 ただ、この暑さだと流石にね」


呆れ半分、苦笑いしながら男性は使印から手を離し、
ワイシャツの首元を持ち上げた。 首筋に浮かぶ使印が、半分ほど襟で隠れる。

その動作の後、男性は改めるように「それで」と口を開いた。
男性の視線は机の上に開かれていた本へと注がれている。


「時間移動に興味があるの?」


問いに返事ができないまま、机の上に開いていた本を見やった。

旅団支部に寄贈されていた、時間と魔術の関係性について語る本。
誰もが手に取るような本ではない。

男性は何か言い掛けようとしたが、口を閉ざした。
旅団支部の1階、室内を見渡す様子に彼女は俯く。

その拍子に、揺れた自らの赤い髪が視界の端に映った。


「……時間があるなら場所を変えようか」







「誰かに聞かれなければどこでもいい?」と問われて頷いて。

旅団支部から街の外へと出て男性が向かった先は、
街の一角にある落ち着いた雰囲気のお屋敷だった。

屋敷の主は不明だが人の出入りはあると噂の建物。

男性は荷物の中から鍵束を取り出すと門を解錠し、
玄関の鍵も開け、慣れたように屋敷の中へと入っていく。


「……貴方の家だったんですか?」
「あながち間違いではないかな」
「十二使関係の家」
「鋭いね」


くすりと笑った様子の淡い緑髪の十二使は、
玄関に入ってすぐ右手側の壁にあるボックス状の機械に手を当てた。

日中ゆえに屋敷の中は視認できる程度には明るいが、
立派なシャンデリアが灯り、屋敷内を照らした。

玄関から真正面に伸びた階段、両脇にはそれぞれ扉が並んでいた。
見渡せる空間だけでも、12人で使うにしては広すぎる。

辺りを見渡す彼女の傍らで、その十二使は機械をぱちぱちと操作をしている。


「流石にこの時期は誰も居ないね。 まぁ王都帝都方面が忙しいか」


独り言を零し、操作を終えたらしい男性は「よし」と唱え、
彼女の様子を視認すると屋敷の中を歩き始めた。

着いて行った方がいいのだろう。 大人しくその背を追う。


「……気になってたんですけど、十二使の誰?」
「あ、流石にそこまでは詳しくないか」


意外そうに笑う男性に、彼女は浅く溜息を吐いた。

まだ自己紹介すら行っていないが、彼女は高校を卒業したばかりで、
旅団の正式在籍日数はまだ3ヶ月にも満たない。

その上で十二使という存在は機密である。
見た目で判別できるほど、機密情報を網羅しているわけが。


「普通の人は使印を見たって、『何か』は理解できない。 模様があるだけ。
 だから一発で身分を当てられたのは驚いたんだよ」


彼は玄関から中央に伸びた階段の脇にあった扉の1つに手を掛けた。

開け放たれた扉から男性を追って部屋に入れば、
中央に鎮座する何メートルにも及ぶ横長のテーブルが真っ先に映る。

テーブルに向かう15個程度のシックな椅子と、
壁際には骨董品や絵画もいくつが飾られている。

男性は持ち歩いていた鞄を机の上に置き、近くの椅子を2つ引いた。
片側に腰掛け、彼女にも座るように促す。

流れとはいえ、十二使の関わる屋敷に通され、場の雰囲気が物々しく感じる。
硬い表情の彼女に、男性は一息付くと表情を和らげた。


「では改めまして。 十二使『知聖』スイリ・ミゼルです」
「!! 知ってる、一時期世界的に話題になった、
 なんでも知ってるって噂の情報屋……!」
「おっと、詳しいね。 結構前の話題のはずだけど」


情報屋スイリ・ミゼルに集められない情報はないとまで言われ、
あらゆる依頼をこなしながら、その素性は謎とされてきた。

世界一の情報屋。
そんな人が、旅団の十二使に。

途方もない情報に彼女の口は開きっぱなしである。


「……でも、情報屋って肩書きは元でしょ? 引退したとか、」
「んーん、情報屋は引退してないよ」
「え? でも、」

「『どこかの専属になったので情報屋からは身を引いた』
 ……君の持ってる情報はこれでしょ?」


スイリと名乗った彼は見透かしたように笑みを浮かべた。
その様子を食えないタイプだなと感じつつも、彼女は頷いた。

やっぱり、と言いたげにスイリは笑う。


「特定組織に居付いたから、情報販売に制限を課したんだ。
 そうしたら売る相手が大幅に減ってね、噂も落ち着いた」
「……すると噂が消えて、情報屋は引退したのではっていう……勘違い?」
「正解。 仕向けたのは僕だけどね」


……情報屋というけれど、売るだけでなく操作もお手の物か。

今の一瞬で敵には回したくない相手だと確信を得た彼女に、
スイリは「今度は君の話を聞かせてもらおうかな」と微笑んだ。


「……ユラ・レクイン。 高校を卒業したところで、
 2ヶ月くらい前から旅団員として……在籍しています」


簡単な自己紹介を終えて相槌を打つスイリに、
足の上に置いていた手を小さく握り込む。

ドクン、と嫌な鳴り方をした心臓に、息を呑む。


「……先月……時空移動をしました」
「……!」


穏やかで表情があまり崩れなかったスイリが、
ここに来て、初めて驚きで目を見開く様子を見せた。

時空移動。

時間そのものを操り過去や未来へと飛ぶ、時空を超えた禁術。
禁術と呼ばれているが法に触れてはおらず、制限が課せられてはいない。

それでも禁術と呼ばれ、時空移動を行うような者はまずいない。


「事故で……過去に飛んでしまって。 ……でも、見てください」


握り込んでいた手を離して、控えめに腕を広げる。


「ちゃんと、『在る』でしょう?」


禁術である時空移動は、世界の法則を崩す。

それゆえに術者にはとてつもない負荷が掛かる、だけでは済まず、
下手をすれば反動で『身体の全て』を持っていかれる。

法に触れない禁術は、法での裁きよりも恐ろしく、罰以上に残酷なものだ。



 
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