創作世界

□人はそれを「残酷」と呼ぶ
1ページ/2ページ






城内に立ち入るなり早々、視界に映った柱数本の先、
中央に佇む誰かの後姿に警戒心が増した。

背中に生えた濁った白い翼が2枚、
翼の合間から覗かせた髪はどこかで見たような緑色だった。

一歩、カツン、とブーツの音を鳴らし歩き出す。

足音に気付いたらしい、中央に居た人物が振り向く。

その瞬間は、まるで、スローモーションのように。
いつもより時の流れが一段と遅く感じた。


「・・・あら、もう嗅ぎつけられたのかな」


振り向く際に揺れた緑色のセミロング、紡がれた幼さが消えた声。

僕の知らない赤い瞳は見たことのないほど歪んでいて、
彼女の顔に浮かべられた歪んだ笑みに、ぞっとした。

・・天使とは一体なんだったのか。
思わず自分の種族にすら疑問が浮かぶ。


(あのね、これ見てみて! グラシアが好きだとおもって!)


今まで忘れていたような、随分と昔の記憶が脳裏を過ぎった。
思い出したのは20何年も会っていないようなかつての幼馴染の記憶。

ふと唐突に降って湧いたようないつかの思い出。
それは「気付け」と、自らに示唆するように。


「タイミング悪いったら。 後一歩だったのに」


小さく肩を上げて「惜しかった」とでも言いたげに笑う彼女は、
・・・約、25年ぶり になるか。

その25年ぶりに出会った幼馴染の天使が、
堕ちていて、敵だったなんて、誰が信じようか。

あまりの衝撃を前にし、言葉が出なくなるのを感じて一度瞼を閉じた。
深く息を吸い込み、浅く息を吐き出してゆっくりと目を開く。

・・・思い出してどうする、

自分がここに立ち入ったのは旅団長からの指令であり仕事で任務だ。
相手が誰であれ、人が居るということは『そういうこと』だ。


「・・・で、君は何をやっているんだい?」
「ふふ、旅団の手先みたいな人には内緒」
「ん、人聞きが悪いな・・・僕は使われてはいないさ」
「ならやっぱり内緒だ。 邪魔者は消せってお達しなの」


すらりと細い脚、その足元のヒール靴はその場から数歩歩き出し、
すぐ傍の柱に立てかけられていた、女性に似つかわしくない斧を手にする。

彼女の背に揺れた翼は濁った白・・・嗚呼、美しくない。
悪魔種族である彼らの黒い翼の方がよっぽど綺麗だ。

ひりつくような空気に小さく息を飲む。
戦闘、 彼女の情報はまだこちらには無かった。 初見だ。

・・この間入った新人の十二使が、僕の問いにこう答えた。

『心得? ・・簡単よ、自分より弱い相手でも油断すれば死ぬでしょう?
 だからこう考えるの、相手はいつも格上。 未知の相手なら尚更よ』

君の格上なんて早々居ないだろうに。

ぼやいたように呟いた自身の言葉には何の反応もされずに、
彼女の目に嘘や冗談の色は微塵も見られなかった。

どこかをじっと見据えていた彼女の目は、僕には読めなかった。

・・・相手はいつも格上、未知の相手なら尚更。
嗚呼、そうだ。

今、目の前に居るのはかつての幼馴染じゃない。
か弱い女性でもなければ、守られるべき人でもない。

気持ちで負けていては戦いにすらなりやしない。
彼女は、十二使である僕が倒すべき敵である。

強く瞼を閉じ、小さく息を吐いたのと共に瞼を開く。


「・・・君、名前は?」
「アリナ。 貴方は?」
「・・グラシア・クウェイント。 十二使『八駆』だ」


右脚を膝を曲げ、ブーツの踵で白い床を蹴り音を鳴らす。
広間にカツン、と高く響き渡った音。

自らの右手を左肩の前に構え、構えた手を右へと勢いよく一閃。

グラシアを囲むように形成し現れたそれぞれ色の違う8本の剣は、
剣先を地に向けた状態で宙に浮き、彼の周囲をゆっくりと巡る。

アリナは斧を構えたまま、驚いたように目を見開いた。


「ミサージガル使い手・・・凄い、実在したんだ
 初めて見た。 今から戦闘なのにわくわくしてる」


歪んだ赤い瞳で嬉しそうに微笑むアリナ。
・・・やはりお世辞にも綺麗とは言えずに居た。

美しくない、美しくない。 赤が悪いわけではない。
世の中には美しい赤だって存在する、誰よりも自分が知っている。

でもどうしても好きになれない赤も存在する。
血の色や、 彼女の瞳のような歪みきった赤、とか。


「駆ける8色の剣か・・・十二使級は初めてだけど
 天使同士、お相手務めさせてもらうわ」
「・・・天使と言えども、君は堕ちているだろう?」
「ふふ、そうね。 違いないわ。 抜けるつもりもないけれど」


チャッ、という音と共に彼女が斧を構えた。

それに続くように、グラシアの周りを浮遊していた色の違う8本の剣は
彼の前に1本ずつ並べられ、剣先がアリナへと向けられる。

彼が入ってきた大きな扉は開いており、微かに冷たい風が吹いて来ていた。

各武器を構え対峙、睨むこと10数秒。

最初に動き出したのはグラシアだった。
右手を横に伸ばし、手首だけで前方へと手を振る。

彼の前に並ぶ8本の剣のうち、一番右にあった剣が2本
剣先を真っ直ぐアリナへと向けて迷いなく伸びて行く。

挑戦的な笑みを浮かべたアリナが斧を握り直した。
その場で反動を付けて、宙を走る剣に向かって斧を一閃。

空中を裂く音の直後に重い金属音の音が連続して2回。
斧にぶつかり、彼女へと飛んで行った剣2本の動きが止まる。


「・・!!」


攻撃を防いだはずのアリナの目は驚いたように見開かれていた。
驚いた様子の彼女を見、グラシアは小さく笑みを浮かべた。


「意外と吹き飛ばないだろう?
 そう簡単に弾き飛んでしまっては美しくないからね」


剣士も魔術師も、攻撃されるたびに武器を手放したりはしないだろう?

アリナの斧に防がれて動きを止めた剣は、
ゆっくりと方向転換に動き出し、再度剣先をアリナへと向ける。

肩の前まで上げた右手の指先、
剣への合図と共に剣2本は彼女へと斬り掛かる。

斬り掛かる剣を避け、斧で防ぐ。
彼女と剣の攻防は続いている。

最初に攻撃を防いだ時とは違い、
剣は一時的に動きを止めたりする様子は伺えない。

たかが2本。 されど2本。
2本の剣が同じ方向から斬り掛かるわけではない。

前から来た剣を防いだと思いきや、真後ろ、死角から突くように跳ぶ。

別方向から的確に隙を縫い、アリナに刃が向けられていく。

数分ほど経ったか、それでも未だに傷1つ負っていない辺り、
この場を1人で任されているだけ戦力はあるのだろう。

旅団という世界規模の組織を敵に回した組織に属する者が、
使い手も居ない剣2本程度で簡単にやられるわけにはいかない。


「流石に剣2本なら余裕だね。 実に結構、斧捌きも良い」


右手を引いて、アリナへと向けていた剣の動作を停止させる。
彼女は小さく息を吐き出したが、息は切れていなかった。


「さぁ、次だ」


グラシアの前に並んでいた残りの剣6本のうち、
左側にあった剣2本を、アリナの周辺まで移動させる

魔力で形成された剣が4本、彼女に剣先が向けられている。

アリナは斧を構えたまま、観察するように剣へと目線を向けた。


「貴方は戦わないのかしら?」
「剣の指揮は結構神経を使うからね、基本的に僕は戦わない」

「こういうのは本体叩くのが定石よね?」
「無論。 本来ならばね」
「なら!」


防ぐためではなく、攻撃するために斧を構え直したアリナ
それに反応して直ぐ続くようにアリナ周辺に浮く剣が彼女へと攻撃した。

彼女は斧に雷を纏わせ、剣を叩き込む。
いくつかの剣は雷属性によって動きがかなり鈍った様子だった。

雷を纏った斧の猛攻ですら生きたはずり残りの青い剣は、
アリナ渾身の一撃で思い切り打ち込まれ、結構な距離を跳ばされた。

通常ならすぐには拾いに行けない。

眼前。 翼で空中を飛び、斧を振りかぶるアリナが視界いっぱいに真正面に。

勢い良く振り落とされた斧は、

目的のものであろうグラシアには掠りもせず、
その代わり赤と黄の剣が交差するように、彼の前で斧を防いでいた。


「・・・基本的に、本来ならば、ね。 僕は戦闘に関しては見るのも
 体感も好きだけれど、自分が戦う立場に居る場合に限り、
 高みの見物は生憎ながらあまり好きじゃない。 向いてないとも言うね」


4本はアリナによって少し離れた位置へ。
赤と黄、2本の剣はアリナの斧を防いでいる。

グラシアはまだ自らの前に残っている白色の剣を右手に、
緑色の剣を左手に持った。

両手の剣を床に向け、空中を飛ぶ彼女へと顔を上げる。


「手応えがあってこその戦闘。 そうは思わないかい?」
「・・・同感だわ。 そうでなきゃ楽しくないもの!」





 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ