創作世界

□最強の名よ、桜舞え
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「マメな人ね。 正直意外」


ある屋敷の一室、棚に並ぶ大量のファイルを取り出しながら
彼女はまるで独り言のように呟いた。

彼女の呟きは棚越しに居た暗い金色の髪の男性が顔を上げ反応した。


「……俺か?」
「貴方以外に誰が居るのよ」


旅団本部の廊下をずっと歩いた先の一室、報告書保管庫。

保管庫なだけにほとんど人の出入りはなく、
彼女達が室内に入った時には最近人が通った形跡はなかった。

極稀に掃除が行われているようだが、どうも埃っぽいのは否めない。

海を連想させる蒼い長髪を揺らしながら、
彼女は取り出したファイルのページをぺらぺらと捲る。


「そう言うお前は妙な奴だな」
「あら、酷い言われよう」
「報告書そのものを見たがる奴は早々居ない」
「字面を見たくてね」


ファイルを捲りながらの蒼髪の女性、メーゼの返答に
右側の髪が少し伸びたダークブロンドの髪の男性が、
彼女の視界に入らないところで棚からファイルを1つ抜き出す。


「それにしても旅団の報告書って紙なのね。
 定例会議の資料は画面なのに不思議な話」
「本部にいちいち戻れるほど、十二使は暇ではないだろう」
「暇で悪かったわね」
「嘘をつく」


暗めの金髪の男性、クロウカシスは彼女の言葉に
呆れたように小さく息を吐いた。

この2人は旅団幹部と位置づけられた十二使である。

世界的組織の幹部でありながら20代半ばという若さ。
そして彼らは紛うこと無く「人間」だ。

メーゼは開きっぱなしのファイルを手に持ったまま、
背後にあるテーブルへとファイルを置いた。


「まとめられたものではなく、本人自筆の文面が見たいのか?」
「文面……いえ、字そのものかしら」
「字そのもの?」

「前任がアインと交戦になったのは1度や2度じゃないでしょう?」
「結構な数を重ねたと聞くが」
「だから字を見れば前任の心境が分かるかもと思って。
 ……相手が、相当だから」


クロウは手元に3冊ほどのファイルを抱えると、
棚を回りこみ、メーゼの居る方へと歩いて行く。

テーブルにファイルを広げた彼女は、
綺麗な顔立ちに合う真剣な藍色の瞳でファイルの字を見つめていた。

十二使『夜桜』 メーゼ・グアルティエ
23歳の彼女が十二使に就任したのはここ最近の話である。

シェヴァリエ騎士団、最年少の19歳部隊長という肩書を持ちながら
旅団十二使に転向するという異例。

十二使が1人欠けていたからこそ、その異例が起こせた部分もあるが、
その欠けた1人、彼女の前任は先程名の挙がった人物に殺されたという。

アイン・フェルツェール

旅団と敵対する組織の幹部であり、そして強者揃いの旅団十二使が
「手に負えない」と判定を下した敵対組織「最強」である。

ダークエルフである彼は、通常の剣の数倍もある大剣を、
なんともないように平然と振り回す。

それでいて彼はその容姿からは想像もできないほどに魔力量も高く、
挙げるべき欠点や弱点が見つからないほどに強いと聞く。

そしてメーゼは、先日この男と戦闘になった。


「……たった一度でそれほど警戒するか」
「私は相手をなめたりはしないわ」


ファイルに挟まれた報告書の字を、藍色の瞳が真剣に追う。

クロウが持っていたファイルを3冊、テーブルの端に置くと
彼女はファイルから目を離さないまま、短く礼の言葉を述べた。


「甘く見たとしても簡単に警戒が解けるような相手じゃない。
 ……貴方ほどの腕なら、戦わずとも対面しただけで分かるわ」


メーゼはファイルから視線を外し、クロウを一目見る。

彼はメーゼを見つめていたため、目が合うのはそう難しくなかった。
彼女はクロウが置いたファイルを手に取り開く。


「いつだって相手は格上。 闘技大会で貴方と戦った時も、
 十二使の時も無名の選手でも、その心構えで戦っていた」
「…………」
「手強かった。 その中でも特にクロウには驚いたの」
「……どうも」

「でも怖いとは思わなかった」


開いたファイルのページを捲るメーゼの瞳が微かに揺れる。

彼女は感情の起伏が激しい方ではない。

かと言い乏しく分かりにくいわけでもないが、
険しいように感じる表情は、気のせいではないだろう。


「そう思ったのか」
「思った。 感じたわ」
「それは戦うことに対して?」
「いいえ。 相手の計り知れない強さに」

「……勝てるのか?」
「……会議でも言ったけれど、それは分からない」


彼女をじっと見つめるクロウの視線にメーゼは顔を上げ、
先程まで浮かべていた真剣な表情を崩して、小さく笑みを浮かべる。

その様子に、クロウが微かに眉を寄せる。


「……メーゼの格上なぞ早々居ないだろう、お前が負けるとは思いたくない」
「私もよ」
「だからこそ、お前の『分からない』は不穏だ」


眉を寄せて小さく息を吐き出すクロウの様子を、
ファイルを開いたまま見つめるメーゼ。

一時の静寂……ゆっくりと口を開いたのは彼女の方だった。


「貴方は人の死が怖い人?」


彼女の問いかけに、彼は表情も変えずに答えもしない。


「クロウの性格からして無言は肯定ね。 前任以外にも居たんだ」
「……妹。 10年近く前になる」
「あぁ、気に掛ける性格はそこからなのね」

「……目の前で見たわけではない、 俺に負えるような責任も無い。
 それでも、命が1つ消える様は、とてつもなく大きな影響だった」


目を細め、やがて瞼を閉じるクロウの様子をじっと見つめた後、
メーゼはファイルをテーブルの上に置いた。

彼女はそのままテーブルから離れ、窓側へと歩いて行く。
クロウはその後をゆっくりと追った。

閉じられていたカーテンを開けると太陽の光が差し込む。
窓から見える景色は湖が、森が視界に映る。


「貴方が今まで出会った中で、一番強いと思う相手は?」
「……お前だが」
「彼と私、どちらが強いと思う?」
「……俺は奴と遭遇したことが無いから一概には言えないし、
 メーゼが分からないと言うのであれば、俺に分かるわけがない」


彼の言葉にメーゼが振り返った。
クロウは髪と似たような眼の色に、蒼色を映す。

少し息を吸い、「ただ、」と短く零した。


「ただ、これだけは言える。 決着が着いた時、立っていてほしいのは
 ……勝ってほしいのは間違いなくメーゼ、お前だ」
「……充分よ。 ありがとう」


彼女の海を思わせるような蒼い髪が揺れる。
藍色の瞳は太陽の光を浴びて、普段より明るく見える。

細めた目、誰が見ても綺麗な顔立ちという他無い彼女は
表情が薄いながらも、確かに微笑んでいた。





最強の名よ、桜舞え



(見えない強さに怖いと感じたのは本当なの)
(怖いと感じるのは何も戦う本人だけの話ではないだろう)

(貴方の中の「最強」が揺らがないことを祈るわ)
(俺の中の『夜桜』は散らない桜。 ……否定するか?)






アインと初戦闘後、定例会議から数日後の旅団本部、報告書保管庫にて。


メーゼ・グアルティエ
  若く、女性で、人間でありながら、騎士団元部隊長であり
  現十二使『夜桜』であり、2年前の闘技大会世界部門にて優勝を取った。
  「人間でこれほど強い人は初めて見る」と多方面に言わしめた人間最強

クロウカシス・アーグルム
  彼女が居なければ恐らく彼が人間最強と呼ばれたであろう。
  メーゼが強すぎるが彼も充分化物である。 十二使『氷軌』
  当時25歳と思われる。 高校の頃に妹を亡くしている。

アイン・フェルツェール
  敵組織の幹部で、強者揃いの旅団上位に「手に負えない」と言わせた。
  メーゼの前任、十二使『北風』を殺害している。
  ダークエルフで、亜人としてはトップクラスの戦闘力を誇る



 

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