創作世界

□魔術講義と初詠唱「Azeh」
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アルヴェイト王国、王都ラクナーベルの南東に位置する訓練場。

昼下がり、桃色の混じった明るいオレンジ色の長い髪の少女が
弓を引き、エメラルドを思わせるような緑色の瞳で的を見つめていた。

矢を持っていた右手をぱっと離す。

矢は宙を裂くように跳んでいき、的の中心近くに刺さった。


「うーん、なかなかど真ん中は当たりませんね」
「・・この短期間でそれに到達しただけ上等だぞ、フィアナ」
「あ、クロウさんお帰りなさい」


背後から聞こえてきた声に彼女が振り向くと、水の入った一本のペットボトルを
片手に持った、ダークブロンドの髪の男性が立っていた。

少女にクロウと呼ばれた男は、持っていたペットボトルを彼女に渡す。

フィアナは弓を片手に持ったまま、
礼の言葉を述べるとペットボトルを受け取った。


「ふふ、姿勢やコツを教えるのが上手な先生だからかな?」
「人選はアタリか。 良くやっているようならばいい」
「本人は教えるの、苦戦してるそうですけど」
「ほう?」

「人に教えたことがないだとか」
「・・・支障は出ていないのだろう?」
「今のところは出てないですね」
「無問題だな」


彼の返答にフィアナは人当たりの良い優しい笑みを浮かべて。

その笑みが唐突に、思い出したような表情に変わり
彼女の口から「あ」と短い言葉が飛び出る。


「そうだ。 クロウさんに訊きたいことがあって」
「?」
「魔術ってどういう条件が揃えば発動できるんですか?」
「発動自体はそう難しくないぞ」


そう言うとクロウは着ている上着を少し引っ張り、
左胸のポケットからボールペンの挟まったメモ帳を取り出した。

サラサラとそう長くない短く数文字書いた後、
クロウはメモ帳をそのままフィアナに渡した。

フィアナがメモ帳を受け取る。
紙には「Azeh」と書かれている。

クロウはメモ帳を渡した後、訓練所の端に落ちていた木の棒を拾い、
しゃがんで直径10cmほどの小さい円を地面に書いた。

それに倣うようにフィアナもしゃがむ。


「その程度なら適正なくても発動できるだろう」
「あ、これ呪文なんですか?」
「氷属性の簡易な物だが。 この位置に出すつもりで、詠唱」


突然詠唱を振られ、数度の瞬きを繰り返すフィアナ。

その後メモ帳と地面の円を交互に見た後、
目を瞑ってから小さく息を吸い込んだ。

ゆっくりと開いた目、小さい円を視界を収める。


「『アゼ』」


静かに、告げられた詠唱は
1秒としないうちに円の部分に小さな青い魔術陣が回り、

高さ20cmほどの氷が、円から地面を突き出したように出現した。

氷が出てきた直後に「わ」と驚いたような声をあげるフィアナ。


「空中に空気があり、人がそれを吸う。
 空気が体内を巡るのは自然的なことだな」
「はい」

「そして空気と同じように、空中には魔力が浮遊してる」
「魔力も体内を巡っている?」
「その通り」


クロウはしゃがんでいた体勢から立ち上がった。
つられるようにフィアナもその場から立ち上がる。


「細かいことは興味次第で調べればいいが、
 ただ宙に魔力が存在しているだけでは魔術は発動されない」
「体内の魔力も使うから、ですか?」
「一理ある。 が、決定的なのが『変換』という過程だ」
「変換」


聞き慣れない単語にフィアナが小さく首を傾げる。
持っていたボールペンの挟まったメモ帳を返して、クロウを見上げた。

受け取った彼は少し悩んだような表情を浮かべる。


「そうだな・・魔力は基本的に目に見えない粒子状で、
 粒子1つ1つに属性が定められているんだが」
「はい」

「雪国に存在する魔力の粒子。 総合して何の属性が多いと思う」
「8属性の中から、ですよね? 氷属性でしょうか」
「ならば氷属性の魔力が多い雪国で、火魔術は発動するか?」
「うーん・・と、発動はするけど通常より威力は弱まる、と思います」

「大体合っているだけあって、教える側としては少々つまらんな」
「え」
「ふ、もう少し悩みあぐねた様子が見たかった」
「意地悪ですね」


少し意地悪げに笑むクロウを見て、肩を上げて笑うフィアナ。


「因みにだが。 何故そう思った?」
「何故、 ・・そうですね、 春・・雪の去ったこの季節に、
 雪国とは遠く離れた地で今、氷属性の魔術が発動された現状を見て?」
「ふむ。 ここで『変換』の名が出て来る」
「はい」

「自らの体内に巡る魔力を一部消費し、発動する術の属性に変換する。
 変換した魔力を消費し、術の属性に合わせた色の魔術陣が現れる。
 陣の規模に応じて、付近の魔力が陣に吸収される。
 吸収された魔力は、魔術陣によって属性の変換が行われる」

「・・・そして、その魔力を消費して術が発動される」
「その通り」
「うわ・・上手いことできてますね・・
 魔術陣が出るのはただ発動の合図なのかと、」


口元を覆って、驚いたように考え込む様子をフィアナ。

その隣でクロウは肩に下げていた鞄から、
タブレットを取り出して操作を行った。


「あ、雪国で火魔術の威力が弱まるっていうのは・・その変換絡み?」
「対属性は分かるか?」
「聖暗や火水、火氷の組み合わせですよね?」

「真逆の物に変換されているんだ、氷が火になるだけ充分すぎるだろう」
「・・成程」


納得したように笑みを浮かべたフィアナに、
クロウがタブレットの画面を見せる。

八角形のレーダーチャートの角に各々字が書かれており、
突出したのが2つほど、後はほとんどが平均的に表示されている。


「これ、この間測った私の属性値ですね」
「あぁ。 フィアナの最終的な変換値とも言える」
「・・この規模だけ属性変換が可能ってことですか」
「その通り」

「あの、一番突出してる風属性、これの規模ってどれくらいです?」
「・・直径30mは余裕だな」
「30m」

「流石に今のお前では無理だぞ」
「寧ろできる気がしません」


少し眉を寄せて笑うフィアナに、クロウが小さく ふ、と笑う。
タブレットを鞄の中にしまう。


「・・魔力そのものに語りかけるように詠唱すると良いと聞く。
 魔力に『目的』を伝えることで、確立したものになるのだと」
「成程・・語りかけるように、」

「一方で感情の乱れやイメージの未完成。
 そういったもので術が暴発することは充分にある」
「あ、魔術のコントロールが上手く行かない、って話は聞いたことが」
「更にその一方で」


クロウは少し俯き、地面の一箇所に爪先で数度踏んで足を退いた。


「『アゼ』」


先程フィアナが唱えた術を詠唱すると、青い魔術陣が現れ
その場にフィアナが出したのと同じようなサイズの氷が地面から現れる。

氷が現れた場所から50cmほど離れたところで、
クロウは再度爪先で地面を数度踏んで数歩離れた。


「『アゼ』」


同じように踏んだ地面に青い魔術陣が現れる。

その直後に現れたのは、1回目のとは違いその数倍はありそうな、
高さ50cmほどの氷だった。

全く同じ詠唱で、相当大きさの違う氷が現れるのを
見たフィアナが驚いたように目を見開く。


「・・同じ詠唱でも、これほどまでに差が出ることがある」
「・・・これは・・・凄いですね、」
「それはイメージの違いであったり、環境の違いであったり。
 それぞれ個人差があるが、ある程度は意識次第で制御できる」
「成程・・」


クロウの話に頷きながら、彼女は大きさの違う2つの氷を見比べる。
ある程度見比べた後、フィアナはクロウへと顔を上げた。


「そういえば詠唱なしで魔術が発動する人を見たのですが
 あれはどうなってるんですか?」
「イメージだけで術を発動させることは可能だぞ」
「あ、そうなんです?」

「だが詠唱が無い、つまり目的を伝えない。
 術の内容はある程度、自然に簡易なものになると思う」
「む、リスクありますね・・」
「詠唱時間がない分だけ発動時間が短いというメリットはあるが」
「確かに即座に発動できるのはいいのかも・・」





魔術講義と初詠唱「Azeh」



(感情の乱れが無いという点では、お前はコントロール上手そうだな)
(分かんないですよ、イメージ不足の方が勝っちゃうかも)
(謙遜だな)
(いやいや。 そういうクロウさんはいかがなんでしょう?
 魔術の補正の銃は持ってらっしゃいましたけど・・)

(得意な方ではあるらしい)
(あるらしい)
(ただそれ以上に得意な奴を知っているもんでな。
 あれは・・身内贔屓無しにしても凄まじいな)
(・・・コントロールの鬼・・いまいち想像ができない、)






恐らく3月。 クロウさんによるフィアナへの魔術講義。
ニコタのサークルコンテストの応募作品でした。
この作品書いてて、一番安心したのは
魔術陣がただの飾りにならなかったことです。


フィアナ・エグリシア
  当時弓習い始め2週間かそこら? 属性値は大体風>水聖>氷雷>火地暗
  クロウから受け取った水は、魔術講義が一段落したところで
  「水分補給はするように」というクロウの一言で慌てて飲んだ。
  この日から4、5ヶ月経った時くらいにクロウに言われた発言に
  返した言葉は「ふふ、育成心が燃えますか?」

クロウカシス・アーグルム
  十二使『氷軌』なだけあって氷特化。 後は大体普通で火だけ弱い。
  ほとんどずっと王都に滞在していて、十二使の処理する仕事が
  ほぼ即日処理するほど量がなくて、実は割りと暇してる。
  この日から4、5ヶ月経った時にフィアナに言った言葉は
  「数ヶ月前まで術の発動過程すら知らなかった奴がここまで育つとはな」

王都 ラクナーベル
  王国アルヴェイトの王都。 城もある。
  2人の初対面した街であり、戦闘の云々はこの街で教えている。
  フィアナの出身は隣町で、旅団員の人に付き添って王都まで来ている





 

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