創作世界

□『北風』の残した記録
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「ん」
「……何これ」


その日は、2週間ぶりの定例会議の日だった。


戦闘になった男が前任である『北風』を殺した危険人物だと、
前回の定例会議で知ったメーゼは、10日ほど前から
本部近隣の街に滞在し、本部の報告書保管室を出入りしていた。

理由は1つ、『北風』の筆跡見たさに。

1度戦っただけで分かる、油断を許さない強敵。
自分の前任である『北風』を殺した人物。

時間を掛けて化けの皮が剥がれていくタイプの様子。

『北風』はアイン・フェルツェールの交戦を報告書に書き綴っていた。

字面を見れば当時の『北風』の心境が分かるかもしれない、
アイン・フェルツェールを相手にした際のヒントがあるかも。

10日前、十二使である『氷軌』クロウカシスと共に
保管室で報告書を探していた際に彼女が放った言葉である。

報告書は結構な量があり、その日だけでは探しきれなかった。

それゆえに近隣の街に滞在、本部の近くに居たからこその
定例会議、本部出席ではあったのだが。


2週間ぶりの定例会議を終え、保管室へ向かおうとしていたメーゼ。
海色の髪を揺らして歩く彼女を、女性の声が名を呼んで引き止めた。

長い黄色の髪を太い三つ編み状にし、右側へと流した女性。
目尻に赤く描かれたラインは狐を彷彿と想像させる。

『閃雷』ナイアレヴィ・ルヴァス

振り返ったメーゼに、ナイアレヴィの表情は
少なくとも笑顔とは言えず、眉を寄せて怪訝そうな表情のまま

彼女は腕を真っ直ぐ伸ばし、
突きつけるように分厚い本をメーゼへと差し出した。


「ん」
「……何これ」


ナイアの表情は複雑そうで、それでも彼女を見つめていた。

メーゼは1つ、小さく息を吐き出して本を受け取った。
表紙や裏表紙には、字も絵も何も書かれていない。

一箇所にだけ、本の後半部分に黄色の付箋が貼られているようだ。


「……クロウが……」
「?」

「……クロウから、貴女が……アインと戦うために、
 ノルテが残した字面を探してるって聞いた」


ナイアの紡いだ言葉に、メーゼは返事をしないまま聞いていた。

この2人の仲は決して良くはなく、メーゼが十二使に就任して3ヶ月ほど
まともな会話が行われたことが一度もない。

寧ろここまで口を開いたのは、今回が初めてではないかと思えるほどに。


「それは彼が書き綴っていた日記。
 付箋はアインとの初戦の日に彼が書いたページ」
「……」
「……満足したら、返して」


ナイアはそれ以上語ることはなく、踵を返して来た道を戻っていった。
一頻り彼女が手渡した本を、中身を開くことなく眺める。

癪だが貴女しか居ないから、とでも言いたげな。


「……ご親切にどうも」


彼女の後ろ姿も遠く離れて見えなくなった頃、
メーゼは廊下で1人、礼の言葉を述べた。

浅く息を吐き出した。
足は最初の目的だった報告書保管室ではなく、本部内の自室へと。

本を開きパラパラとページを捲る。

真っ白のページにずらりと綴られている字は、
報告書で見たことのある筆跡だった。


「(……しかし日記ねぇ)」


ますます前任の人物像が湧かない。







本部に置かれた自室に戻り、椅子を引き
前任『北風』の日記を読むこと数十分。

報告書の字面を見た限りでは、人より小さい字は戦闘で負ける気配を感じての
恐怖心からかと思われたが、全く関係ないところでも
字は小さめだったので、元々少し内気な人物だったのだろう。

日記の最初にはこう綴られていた。


『話すのが苦手で、感じたことをすぐ言葉にできない』
『この日記は自分の思ったことを、考えたことを書くためのもの』


『北風』と会ったことのあるクロウが、先日メーゼへと呟いた。
「とにかく寡黙な人だった」

……寡黙な原因はこれだったのか、と直ぐ様理解した。

その後ページを捲りに捲り、偶然目に入ったページは
その『氷軌』クロウカシスが十二使に就任した頃の話だった。


『十二使に新しい人が来た。 予想より若い。 驚いたことに人間らしい』
『声を発さない自分に、答えやすいように聞いてくれる。 良い人そう』

『氷属性が得意らしくて、もしかして雪国生まれかな、と
 気になっているけれど、上手く喋れなくて未だに訊けていない』


付箋の貼られたところまでページを捲ると、ナイアが言っていた、
アインとの初対面、初戦の日のことが書かれていた。


『よく喋る印象を受けた。 挑発のような喋り方は素なのか意図的なのか』
『あの大きさの剣を平然と片手で振れる辺り、筋肉量は相当だと思う』

『比喩のしようが思い浮かばないほどに、ただただ、彼は強かった』

『ナイアは「ノルテなら勝てるよ」と言ってくれたけど、正直分からない』
『勝てる見込みがあるとか、ないとか その次元にまで達してなくて』
『彼女を安心させるような言葉を何1つ言えなくて、申し訳なく思った』


綴られている字を目で追う。

どこかで言ったような言葉、言い回しこそ違えど同じ意味を指す言葉。
どうやらメーゼの感じたものは酷似しているらしい。

更にページを捲る。

捲りすぎてしまったのか、開いたページは白紙だった。
捲りすぎた分、少しページを元に戻す。

アインに関わる日記、としては 一番最後のページ。

字は、微かに小さくなっていて、
ほとんどの人は気付かないであろうほど微弱に、歪んでいた。


『かてない』
『今夜の戦闘で、確信してしまった』

『旅団長には話した、けど ナイアには、それを言えずにいる』
『恐らくここらが限界、だろう』

『旅団長はアインとの戦闘に、俺を外すと言ってくれたけれど、
 あの瞬間の、アインの見限ったような金眼が頭から離れない』

『彼は、強かった』

『紛うこと無く、 俺の知る「最強」だ』

『稲妻のように走る一閃は、剣を受け止めた際に走る重さは』
『あれは実際に戦わなければ伝わらない』
『どのような言葉を用いても、誰にも微塵も通じないほどに凄まじい』

『強かった』



最後の一行、字は確かに歪んでいた。





『北風』の残した記録



(あれほど頭のキレる長が外したんだ、相当な状況だったのだろう)

(それにしても)

(アインとの戦闘という任務から外され、
 旅団長に生きる道を敷いてもらったというのに)

(それでも尚、彼は死んだのか)








メーゼ・グアルティエ
  アインとの戦闘から大体2週間半くらい経った。 新人十二使『夜桜』
  前任である『北風』がアインに殺されたと知り、
  『北風』のアイン戦に関わること、『北風』の字面を探している

ナイアレヴィ・ルヴァス
  妖族であり狐族の十二使『閃雷』
  本来『北風』の居た場所に入ってきたメーゼのことを良く思えずにいる。
  彼の居場所が消えたような気がして、が理由。 ノルテとは恋人だった。

ノルテ・ティフォーネ
  細かいのは未定だが、『夜桜』の前任『北風』 北方大陸生まれ。
  クロウとナイアよりも以前に十二使に居たので実は結構先輩。
  1年ほど前にアインに殺されている。 ナイアとは恋人だった。

クロウカシス・アーグルム
  今回登場した中ではメーゼの次に新人。 『氷軌』
  日記内、ノルテには「雪国生まれなのかな」と思われていたが、
  残念ながら東方出身。 因みにノルテが雪国の生まれ。

アイン・フェルツェール
  先日メーゼと戦闘になった、敵組織最強のダークエルフ。
  十二使でも上位に入るほど戦闘が強かったノルテに、
  ああ言わせたほどに彼は強い。 彼は『北風』を殺している。



 

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