創作世界

□Kill a long night.
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肌寒くなってきた秋空、月日が経つのは早いものだと、
口の中に溜まっていた白い煙を長い時間を掛けてゆっくりと吐き出す。

吐き出された煙は暗い空の下を泳いで、
いつしか宙へと掻き消えていった。

バルコニーの手すりに両肘を付き、両手には黒い手袋を嵌めて。
その左手の人差し指と中指には煙草が挟まれている。

黒のズボン、白いYシャツに緩められた黒いネクタイ、
風に揺れ靡く黒いコートの裾は随分と長い。

秋風揺れる夜空の下、エルフらしく尖った両耳に掻き分けられた白い髪が
右頬に描かれた赤い印を撫でるように揺れた。

金眼の瞳はどこか遠くを眺め、その表情はどこか悩ましげに。


「アイン」


後ろから掛けられた女性の声に、アインと呼ばれた男性が肩越しに振り向く。

建物の中から出てきた女性、ユーズは普段とは違い
右横髪を三つ編みにしただけで、それ以外の髪は下ろしていた。

胸元まである明るい色の髪は、いくら暗がりと言えど視界に映る。

彼女はアインの左隣に立ち
建物に背を向けて手すりに両肘を置いて組んだ。


「どしたのさ、こんな夜更けに。 眠れないの?」
「バーカ、俺にんなカワイイ理由があっかよ」
「からかってみただけじゃん」


眉上げて悪戯っぽく笑うユーズ。
風は優しく吹き付け、彼女の括っていない髪が揺れる。

アインは横から彼女の顔を見つめていると、
いつもと雰囲気が違うことに気付いた。


「ユーズ、今すっぴん?」
「そーだけど」
「・・・」


アインは彼女の顔を見ながら煙草を口に咥える。

彼は無言のまま、疑問符を浮かべるユーズに
アインは煙草を放し、白い煙を吐き出した。

すっぴんでも長めである彼女の睫毛が軽い瞬きと共に動く。


「そっちの方が似合ってんじゃね」
「何、口説いてんの?」
「まさか」


互いの冗談めいた発言は小さな笑いと共に消えていった。

軽く一呼吸置いたユーズが、口元に小さく笑みを浮かべる。


「よかったじゃん、ちゃんと任務遂行できて」
「あー・・・そうだな」
「『北風』もアインには敵わなかったみたいね」
「そうだな」

「落ち込んでるの?」
「そう見えるか?」


覗き込むようにアインの表情を伺ったユーズ。

アインの表情は彼女の発言の割には案外ケロッとしており、
落ち込んでいるような素振りは欠片も見えない。


「なんか雰囲気違うからさ」
「・・・んー、」


悩んだような声に、無感情そうな表情は
何を考えているのか一摘みすらも理解出来ずに。

煙草を吹かしながらの彼の返答を待つこと1分近く、
静寂を裂いたのはアインの素朴な疑問だった。


「満たされるって感じるのはどんな時?」
「は?」


恐らく素で出てきたであろうたった一文字の発言、
彼女の眉は怪訝そうに寄せられている。


「ど、どーいう意味で聞いてんの」
「いや、そのまま。 満足する時ってどーいう時」
「え、えぇ?」


平然と聞き直すアインに、彼女は困ったような表情を浮かべる。
あまり聞かれたことのない問いだったのだろう

ユーズは顎に指の腹を当て、言葉を選んでいる


「・・追求したものに、納得が行く答えが出た時とか、
 目標を達成した時とか、そういうんじゃ ないの?」

「・・・・・ふぅん」
「何その間!! 一応真面目に答えたのにさ!」
「何も悪いとは言ってねーよ。 ・・ただ、なんか腑に落ちないだけでさ」
「・・・」


アインは手すりに背を向け、曲げた両腕を後ろに引き両肘を手すりに置く。
少し反り返った背中、視界は大きな建物と空いっぱいに瞬く星々。


「満たされるって、どんな感覚なんかなぁ」


独り言のように呟かれた言葉は消えて行き
左手に持っていた煙草から、燃え尽きた灰が落ちて行った。

撫でるように吹き付ける秋風は、
建物から灰を落としていく。







夕方になってから旅団支部に探索依頼が舞い込んだ。
偶然その街に居た十二使である『北風』は受付から話を伺っていた。

隣町から街道を通り、この街へと夕方に到着した傭兵が、
通りすがった建築物の中から異音を耳にしたのだと。

大型魔獣が建物の中で暴れているような、
建物が崩れるような音までも聞いたのだと。

しばらくすれば太陽は完全に落ちているだろう、外は薄暗くなっていた。

異音のした建物はこの街からそう遠くない、

今から急いで向かって片付ければ、
魔物の増え始める時間帯からはギリギリ外れる。

そうでなくても街道に居る程度の魔物に遅れを取るほど十二使は弱くない。

『北風』は受付の裾を軽く引っ張り、依頼内容の書類を指した後
自らに指をさし、ニコリと穏やかな笑みを浮かべた。


「え、 い、今から行くんですか?」


困惑するように首を傾げた受付に、彼は頷く。

眉を寄せて困ったように頬を掻いた受付は、しばらく悩んだように唸った後
「なら、その内容で受理しておきますね」と答えた。

彼は頷くとカウンターに立てかけていた刀を二振り手に取り、
受付カウンターへと短く手を振った後、靴の踵を鳴らしながら旅団支部を出て行った


『北風』ノルテ・ティフォーネは寡黙な人物である。

彼の声を聞いた人物は本当に数えるほどであり、
十二使の中では彼の声を聞いたことがないという者も居るほどだ。

が、彼は声が出ないなどの病気ではなく、
理由はただ「話すのが苦手」なだけなのだ。

ただしその「苦手」は最早究極次元の域にあり、
常人には理解しがたいものである。

人が嫌いなわけではない
人との会話が、声が苦手なわけでもない

声を発するという、ただそれだけの行動に思考や労力、
神経の全てが注がれるのだと、彼をよく知る人物が話していた。


薄暗い空の下、『北風』ノルテは街を出て街道を通り
街道から少し外れた場所にある建物へと辿り着いた。

異音があった、という報告
入口の前で暫く耳を傾けたものの、それらしい音はしない。

・・・時間が経っているから、奥へと入り込んでしまったのかもしれない。
建物や家の中に入り込んだ虫や魔物は、外に出られなくなるものだ。

陽は、落ちていた。

太陽はその姿を完全に消し、まだかろうじて空が微かにオレンジ色に染まる。
最早「夕刻」とは呼べない時間だろう。

街道周辺の魔物の数が増え出すのは、こういう時間からなのだ。

彼は小さく辺りを見渡し、建物へ繋がる段差に一段、足を掛けた。


『北風』ノルテ・ティフォーネは気に掛かっていることがある。

旅団「サファリ」と言えば世界中に存在する旅人達の組織である。

戦えない人にとっては「助けを借りなければならない人達」であり
街の外へ出る人にとっては「存在しなくてはならない組織」である。

表向きは人々の助けになる良い団体である。
その一方で、旅団に敵対する組織もあるのだ。

彼らは神出鬼没、常人には理解できないような計画と実験を繰り返し、
時には人を消し、時には魔物の数を増やし、時には街を破壊する。

驚くほどに用意周到に、恐ろしいほどに綿密に。

旅団の敵対組織である彼らは、一般の旅団員では歯が立たないほどに強い。
彼らの存在が知れ渡れば、世間が混乱に陥ると予測されるだろう。

ゆえに組織の存在は口外されず、
秘密裏に動いていく彼らの計画は、旅団幹部である十二使が阻止する。

『北風』ノルテ・ティフォーネも例外ではなく、
つい先日まで組織最強と呼ばれている男との戦闘を繰り返していた。

最後の戦闘は、一昨日の昼のことであった。


建物の最奥である広間へと向かっていたノルテだが
道中でいくつか気になる点を見つけていた。

建物の中は街道で異音を耳にしたのが納得するほどの荒れ具合だった。

壁は崩れ、床は一部が抉り返っており、
床には壁や柱等の破片が無残にも散らばっている。

異音の原因は理解したが、魔物の仕業である爪痕や
歯形等の真新しい痕跡がほとんど見つからないこと。

ここまで荒らすほどの大型魔物であれば、
数え切れないほどの爪痕が付くはずなのに。

建物の荒れ方は、大型の魔物が暴れているというよりは、まるで・・・


「・・・・」


嫌な予感がする。
ノルテは少し眉を潜め、腰のベルトに差していた刀を握り直した。

建物は周囲の魔力を吸収し、聖属性に変換することで
電気や照明といった灯りがなくても、目視できる程度には明るい。

崩れた内壁、床にとっ散らかっている瓦礫は大小様々に、
荒らされた形跡は奥へと続いていた。

少し息を吐き出して、また一歩と、

足を踏み出したその瞬間、最奥の広い空間から
壁が崩れるような音が建物全体に響いた。

小走りで最奥へと続く道を走り出す。

風が、吹いて来ているようだった。





 
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