創作世界

□君はそれを「気分」と呼ぶ
1ページ/1ページ






夕陽も姿を隠し始めた時間帯。

この頃になると陽が落ちると肌寒く感じることが増え、
いよいよ冬本番であることを実感させられる。

地の上をヒール越しで歩く彼女の後ろ姿。

肩下ほどの深緑色の髪は静かな風に揺られ、
膝上丈のワンピースは歩く度に裾が揺れていた。

帰路に就く彼女の足取りはどことなくゆっくりと、
口から吐き出される浅い息は微かに重かった。

眉を寄せ、硬い表情を浮かべながら、正面にそびえ立つ屋敷へと歩を進める。

そろそろ玄関。
微かに俯き気味なその視線が、玄関扉と人の足を視界に収めた。


「良い表情してんじゃん」


聞き慣れた声に彼女は顔を上げる。
両開きである玄関扉の前に寄り掛かっている男性の姿。

白髪を掻き分けるような横に伸びた長い耳。
日焼けを知らない真っ白の肌に、色鮮やかな赤い印が頬に刻まれている。

黒いコートの両ポケットに手を突っ込み、鋭い金眼は彼女を見つめていた。


「・・アイン、 出迎え?」
「そんなとこ。 珍しく帰り遅かったな、アリナ」

「戦闘になっちゃって。 相変わらず向こうの長はキレるわね」
「あぁ、成程ね。 何、負けたんだ?」
「・・ん」


アリナと呼ばれた深緑色の髪の女性は、
少し困ったような笑みを浮かべて赤い瞳を細める。

ふーん、と1人呟くように紡いだアインは彼女の全身をじっと見つめる。


「翼どうしたよ」
「出してないだけよ」
「『斬られたのか』って聞いたんだよ」

「・・なんで分かるの?」
「あぁ、アタリ?」


アインの意地悪そうな表情を見、その返答を聞いた瞬間、
驚いた様子のアリナはすぐに複雑な表情をした。

・・カマかけられた。


「食えない人」
「褒め言葉」


眉を寄せて溜息をつくアリナを横目に、彼はニッと笑みを浮かべる。


「ご生憎様、違いには敏感なもんでね」
「・・・」
「アリナ、ただの戦闘後とは思えないほど魔力落ちてるぜ?
 あぁ、斬られたんだなとか思うだろ」

「通常は人の持つ魔力量までは分からないのよ?」
「俺を通常の枠組みに嵌めてもなぁ」
「そうね、言えてるわ」


足を前に進めたアリナが、アインのすぐ隣に来て
冷たい両開きの扉の左側を手で押して開く。

ギィ、と少し古びた音に今更不快感も抱きすらしない。


「因みに誰だったんだよ」
「『八駆』」


彼の質問にアリナはアインに目もくれず、
それだけ短く答えると屋敷の中へと入っていった。

その彼女の後を追うように、アインも屋敷へと踏み入る。

光が沈んでいく。
夜が始まる。







アリナ・サリン。 30歳の堕天使である。

元々天使であったが、その名の通り、彼女は堕ちてしまった。
ずっと、揺らめく天秤と測りながら、ある日彼女は一転するように堕ちた。

彼女の瞳が赤く染まったのもその頃だった。

堕ちた彼女は後にある組織に所属し、今現在も其処に居る。

上の命令を比較的忠実に聞くメンバーであり、
今日彼女が外に出ていたのもそれが理由だった。

段階を踏んでいる最中、彼女達の属する団体と敵対する組織が、
敵対組織に属する人物がやって来、アリナと戦闘になる。

世界的組織、旅団サファリの機密、十二使が相手だ。

『八駆』と名乗った十二使は正面から彼女と戦い、
彼女が持っていた翼を片方切り落とし、
アリナの任務内容だった機材も直しようが無いほどに壊された。

任務は失敗だった。
彼女としては久しぶりの。


彼女はある屋敷の一室、広いキッチンが設けられたスペースで
カチャカチャとティーポットとカップの用意をしていた。

慣れた手つきでティーポットに茶殻を注ぎ切ると、
用意していたカップに赤い半透明の湯を流し込む。

一杯注がれたカップを手に取り、
彼女はカップを顔に寄せてその匂いを吸い込んだ。

良い香りだった。

ソーサーの上にカップを置き、ポットも手に持って
設置されていたテーブルへと向かう。

テーブルの上にティーポットとソーサーを置いて椅子に座り、
注いだ紅茶を一口飲むと彼女は小さく息を吐いた。

キッチンに面した廊下から、カツカツと人の足音がし、彼女は顔を上げる。

キッチンとひょこっと顔を覗かせた微かに幼気の残る顔と、
黒い髪とツーサイドテールにした若い女の子だった。


「あれ、アリナ?」
「ノア」
「紅茶飲んでるの? 珍しいね」
「ふふ、なんとなく飲みたい気分だったの」


アリナにノアと呼ばれた女の子は、
ふぅん、 と何か言いたさそうな反応を見せる。

その後テーブルの上に置かれたティーポットを見つめた。


「私も一杯貰ってもいい?」
「いいわよ。 カップが確か棚3段目に、」
「あ、あれ?」


彼女の言葉に棚を指さした後、
棚までの短い距離をとたたと小走りで近づくノア。

長いツーサイドテールを髪は揺られ、靡く黒い衣装の彼女の背を眺める。

棚を開き、アリナの言った通り棚の3段目から
ティーカップを手に取ると、ノアはアリナの隣の席に座った。


「珍しいよね、アリナが紅茶」
「ふふふ、そうね。 なんでだろ」
「気まぐれ?」
「そう」





君はそれを「気分」と呼ぶ



(・・ごめんね、ちょっと安心したんだ)
(?)
(アリナが任務失敗したって聞いて、落ち込んでるかなって)
(・・・ふふ。 まぁ何も気にしてないかと問われたら・・嘘だけど)
(うん)

(落胆よりも強くて尖った感情が勝ったから)






彼女が気まぐれで飲みたくなった物が紅茶ってのにも理由はある。


アリナ・サリン
  今作でようやく年齢と誕生日が決まった、当時30歳。
  紅茶を飲んでいて珍しいと言われる。 普段飲むのはカフェオレ

アイン・フェルツェールング
  アリナの出迎え及び会話での切り込み役。 カマかけるの得意。
  というかほとんど確信を持って切り込んでいるので、ただの答え合わせ。

ノワール
  アリナと一緒に紅茶飲んでいた少女。 愛称はノアだが、名はノワール
  こと細かくは決まってないが最近予定外の設定がついた。





 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ