創作世界

□How to love is not one.
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真夏とも呼べる季節、蒸し暑い時期。
日射しが強い日が続き、外に出るのも億劫になってくる頃か。

宿の一室、ベッド脇に座り、冷房がある程度効いた部屋で
彼女は膝上に置いていた小説を途中でパタンと閉じた。

そろそろ8月。 単純計算、あの日から5ヶ月近くも経つことになる。

時間が経つのは早い。
依頼なり観光なり移動なりしていたら、旅団員の1日なんてあっという間だ。

彼女は膝上に乗せていた本をベッドの枕元へと置き、
腰辺りまであるオレンジ色の髪を、自らで踏むように寝転がった。

散らばったピンク混じりのオレンジ色の髪は鮮やかなものの優しい色で、
天井に向けられた瞳はエメラルドを連想させるような翡翠色だ。


「・・・会いたい、な」


呟かれた声は本人以外の誰にも耳にされず、
冷房の効いた涼しい室内へと消えていった。


フィアナ・エグリシア。
今年4月に旅団「サファリ」に参加した19歳だ。

高校で授業の一環として戦闘を習う特戦科へ行かず、
普通科を卒業していながら旅団に属する珍しいパターンである。

魔術発動の仕組みすら知らなかった、全くの戦闘初心者。

そんな彼女に戦闘と技術を教えたのは、旅団に属したある数人の人間であり、
そんな彼女が旅団に属そうと思ったきっかけは、1人の男だ。

ようは一目惚れ、だったのだ。
彼女は惚れっぽいわけではない。 そもそも初恋自体が最近だ。

相手に振り向いてもらうために戦闘技術を覚えたわけではない。

彼女が武器を手にしたきっかけは、「守るため」それに嘘偽りはなく、
ただそのきっかけとやらに、たまたま偶然彼が関わっただけで。


「(最後に会った日から・・・まだ10日も経っていない、
 ・・・恋って難儀だなぁ)」


フィアナは苦く笑いながら、ベッドの上でゴロンと寝返りを1つ打った。
ベッドに右肩が沈んだ状態、彼女の顔の前に両腕が放り出される。

対面2回目にして告白、のような感情宣言。

彼女は好意を述べただけで、それ以上は何も言わずに。
その相手は少し複雑そうな表情を浮かべただけだった。

要は片想いなわけだ。

感情の確信と共に、好意を打ち明ける。
初恋にしては少し珍しいケースだろう。

彼女は熱狂的な方ではない。
好意を自覚した上で、特別目立つほどのアタックはしていない。

落ち着いた様子で応対し、彼の対応に不満も無ければ欲もない。
そしてそれが彼女の素である。

ただ いくら落ち着いているとは言え、感情は感情だ。
ふとした瞬間に、普段よりも感情だけが走ることもある。

途中で読むのもやめた小説も、その感情ゆえに身が入らなかった。


「(・・・難儀だなぁ)」


ここで本人に連絡を入れようという発想にならない辺りが彼女らしい。

いくら片想いとはいえ、今でも連絡を取り合ってはいるのだ。
ただしそれはフィアナからではなく、向こうからなのだが。

浅く息を吐き出し、瞼を閉じる。

・・・ふと、何やらかの音楽が室内に響いた。
閉じたばかりの瞼を開け、彼女は身体を起こす。

フィアナはベッド脇に置いていた鞄から、通信機器を取り出す。
発信者を確認、して少し目を見開いた。

応答ボタンを押す。


「はい、もしもし クロウさん?」
「”あぁ、フィアナ。 今時間空いているか?”」
「はい」


通信機器から落ち着いた男の声。 噂をすればお相手だ。

彼女にクロウと呼ばれた彼、クロウカシスがフィアナの想い人であり
世界的組織である旅団の幹部の1人である。

その衝撃の事実を、フィアナは知らずに好意を伝えたけれど。


「”この間帝都に行きたいと言ってたな”」
「? はい、レーヒルの・・」
「”そう。 近々その帝都に向かうつもりなんだが、来るか”」
「あ、行きます! ぜひ」


嬉しそうな声をあげて、笑みを浮かべるフィアナ。

詳細の日程は、滞在場所が近いなら港で待ち合わせた方が、
そんなやり取りが落ち着き、短い沈黙が続く。


「”・・・何かあったか?”」
「え?」
「”通話出た瞬間から 声が弾んでいるように聞こえる”」

「・・ふふ、とっても」
「”ふ、そうか。 元気にしてるならば何よりなんだが”」


クロウの声を聞きながら、彼女は思う。
恋は難儀だけどその分単純だなぁ、と。


通話越しの彼が優しい表情を浮かべていることは
フィアナにも、誰にも知りえないことだけれど。





How to love is not one.



(恋心の自覚は思ったより簡単だった)
(ただ実際の恋心とやらは予想以上に難儀なもので)
(そして自分でも驚くほど単純だった)

(恋愛の形は、きっと数え切れないほどあるから)
(彼女は片想いを楽しんでいる)






ニコタのサークルコンテストでお題「恋」でした。
うちの子はまともに恋してるキャラが彼女しか居ないんだなぁ、現状。
タイトル協力:かりんさん ありがとう\('ω')/圧倒的感謝


フィアナ・エグリシア
  一般旅団員、19歳弓使い。 戦闘技術を習い始めたのは今年3月。
  その1ヶ月後に旅団員として正式登録。 1ヶ月で入団って可笑しいから。
  クロウに片想い中、そんでその好意は既に本人に打ち明けている。

クロウカシス・アーグルム
  旅団幹部的立ち位置である十二使『氷軌』 因みに彼は26歳。
  彼女のきっかけに偶然携わったのが彼だったし、
  彼女に戦闘技術を教えたのも彼。 好意を理解した上で連絡を取ってる。





 

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