創作世界

□赤散りし、白き一閃
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その空間全てを突き刺すような激しい発泡音が響いた。

壁や床が白いこの空間に、赤が飛び散る。

壁に弾かれて床にカンカラと音を立てて落ちる弾丸。


「つっ・・・」


銃口を向けられた彼女は赤みがかった瞳を見開く。
右側でサイドテールで括られていた長く赤い髪がバサッと散らばった。

彼女の右頬からは、ツー・・と赤い液体が彼女の頬を伝う。


ユラの視界の先には銃を構えた男が、待ち構えるようにして立っていた。
彼女はそれを認識した瞬間、悪魔ゆえの反射神経で顔を左に避けた。

ある程度の距離があったこともあり、銃弾は頬を掠めただけで済んだが
サイドテールでまとめていたヘアゴムも撃ち抜かれたようで、
彼女の足元には数本の長い髪と、1本の千切れたヘアゴムが落ちていた。

彼女は警戒した様子で、銃を持つ男を睨みつける。
邪魔にならなさそうな場所へと肩に掛けていた鞄を下ろした。

迷路の中にあった通路よりも横幅が広いスペースを挟み、
2人の距離は結構開いているように見える。


「ふむ・・ここに辿り着くといい、咄嗟の反射神経といい・・・
 どうやらただの人間ではないようだな」


銃口を天井に向け、ユラの様子を伺う初老の男。

ユラは警戒しながら、腰のベルトにぶら下がっていた左腰のチェーンを叩く。
左手に現れた黒い鞘に入った剣を取り出し、剣先を少し離れた男へと向けた。

黒光りする剣身。
闇を纏った、とでも形容できるその黒はぞっとするほど澄んでいる。


「・・・アンタ、何者なの」
「その質問に答える義理はない。 目撃者は抹殺しろとの命令でな。 おい」


男が立つ場所から左右に伸びた通路へと向けて、男が声を投げる。

声に応じて直ぐ様足音が駆け寄り、通路から更に男が2人
武器を手に持ってその姿を見せた。

拳銃を持っていた男も銃をしまい、
普段使っているのであろう少々使い古された近接用の武器を手にした。


「(3対1・・・・!)」

「女子供とは言え容赦はしない主義でな。 悪いが死んでもらおう」







白い壁と壁に挟まれ、方角を確認しながらスイリは歩いていた。

彼は自分が通ったルートを完全に把握、そして記憶した上で進んでいる・・・
はずだが、なにせこの規模、そして続くルートは1つだ。

結構進んだと思った先で行き止まりなんてザラにある。
行き止まりである壁を眺め、彼は踵を返した。


「(・・懐かしいな)」


辺りを見渡しながら白い空間を歩いていくスイリ。

ここに来たのは何年ぶりだろうか。

そもそも神竜に用事がある、という時点で相当稀ではあるし
わざわざこの広すぎる迷路を1人で攻略するにも相当骨が折れる。

彼と神竜は友人である。
友人と呼ぶその関係が、頻繁に会う仲とは限らない。


「(ユラが居て助かるな、 手分けしてるからいつもの倍は早いや)」


本人と合流する度に嘆くから、精神的には既にもうしんどそうだが。
ユラにここを1人で進ませた際の、彼女の身が保つかどうか少し不安だ。

上着のポケットに両手を突っ込み、通路をカツカツと歩いて行く。

ふと、ゆっくりと彼の足が止まる。


「・・・え?」


彼はその場で俯き、怪訝そうな表情。
疑問混じりのその声は、微かに動揺も感じられた。







壁も床も白いその空間で金属音が鳴り響く。
黒い剣身を右手に、男3人の攻撃を流していく。

ところどころに微かな斬り傷、息が上がっているのはユラの方だった。

解けたサイドテールはそのままに、空間に赤い髪が散らばる。

彼女の背には先程まで無かった黒い翼が生えており、
床と空中とを上手く行き来しながら抵抗している。

ユラ・レクインは高校特戦科を卒業したばかりであった。
特戦科での戦闘は基本的に魔物、もしくは刃物無しでの生徒同士での戦い。

ただそれは「刃物を持っていなかった」からこそ、
生徒相手でもまともに戦えたわけであって

彼女が真剣を持ち、人と対峙することは実質今日が初めてであった。

相手が魔物か、生身の人間か、手にした武器は真剣か、棍棒か。
その要素によって及ぼす戦闘への影響はとてつもなく大きい。

人数の差、相手の差、戦力差、押されているのは明らかにユラであった。


「っく・・!」


響く金属音に寄せられた眉と噛みしめられた口。
動いてる間に傷口が広がったのか出血が少々目立った。

黒い剣を片手に、彼女は男3人の攻撃を捌いているが実戦経験の差か、
どうやら攻撃が捌ききれない様子である。

ユラがバランスを崩してしゃがんだ拍子に、刺突剣が彼女の腹に突き刺さる。


「っ〜・・・つ・・・!!」


武器の性質上、刺突剣はすぐ引き抜かれたが、
いくら剣身が細いとはいえ貫通していたのだ。

鈍い表情を見せるユラ。
直ぐ様別の武器が飛び、彼女が右手に持っていた剣を弾き飛ばした。

刺突剣で貫通した腹を抑えて蹲る。

最初に銃を構えていた男が武器を床に向けて、ユラを見下ろした。


「最期に一つ、貴様に聞きたいことがある。 答えてもらおうか」
「ゲホッ、 ・・・」


眉を寄せ、痛みに耐えながら男を睨むように見上げる。
咳き込んだ際に口の中に微かに鉄の味が広がる。


「どうやってここまで来た?」


男の問いにユラは口を噤む。

ここに来た手段はとしては 時空移動に当たる、と彼女は考える。

時空移動は本来「ありえない」わけで、
彼女とスイリが異例すぎる原則外のところに居るもので。

世界一の情報屋が、「特異体質を自覚しているのはレアケース」
「特異体質を現代で見たのはユラが初めて」とまで言わせたのだ。

・・・あの人が、 取り損ねたりするだろうか?

(特異体質のことは絶対に喋らないように――)

脳裏を過ぎった過去に言われた忠告発言。

ユラは無表情で数秒の葛藤、 ゆっくりと開いた唇、


「ア、ンタらが・・・」
「?」
「ここに来た方法と、 同じ、じゃ ないの」

「なんだコイツ、自分の立場分かってんのか?」
「・・・・けほ、」


質問した男とは別の人物が、ユラを睨むように見下ろす。
彼女の表情は変わらず、浅く咳き込んだ。

質問をした男が、じっとユラの姿を見つめている。


「・・空間を裂いたのか?」
「(裂く・・?) ・・・そう、」


時空移動としては聞いたことのない単語に疑問符を浮かべながらも頷く。
彼女の返答に男は「そうか」と短く一言。

・・・時空移動とは、別の移動法がある・・?

表情を変えないまま頭を巡らせるユラ。
その彼女の首に、剣が構えられる。


「質問は終わりだ」


振りかぶられた剣、今にも振り下ろされん剣を睨むように。

ひゅっ、と空間を裂くような音、
瞼を閉じた瞬間、耳に金属音が響いた。

その音に混じって翼のような音と、
その場から飛び退いたような床と靴の擦れる音。

予想していなかった音に、ユラは驚いて目を開ける。

しゃがんでいる彼女の真横、
見上げた先に背に黒い翼を伸ばしている淡い青緑色の髪


「ス・・・っ」
「は、 ・・良かった、間に合ったみたいで」


そこに居たのは浅く息を吐き出すスイリだった。
彼の突然の乱入に男達がしまいかけていた武器を握り直す。

ユラが持っていた真っ黒の剣とは対なほどの、真っ白な剣を右手に。

男達に向けて構えたまま、スイリは横目でユラの様子を伺う。


「連れが居たのか・・!」
「構うな、1人だ」

「ユラ、無事? 致命傷受けてないよね?」
「っ・・・・、い きてる、」
「・・うん、まだ大丈夫だね。 もう少し待ってて、動けるなら下がってて」


告げられた言葉に、ユラは引きずるようにして少しずつ後ろに下がる。

彼は顔の向きを変えないまま、視線をいくつかに向ける。
スペース、相手の装備、武器、 そして足元に落ちている黒い剣。

スイリの様子を伺っているのか、まだ動き出す気配の無い男3人。


「スイ、リ」
「ん」
「気を・・つけて、」
「うん。 それと武器、一旦返してね」


彼は立ち塞がる男3人の様子を伺いながら、
床に落ちていたユラが使っていた黒い剣を屈んで手に取った。

対の剣を両手に。 右手は真っ白の剣を、左手には真っ黒の剣を。
剣先を床に向けておきながら、動作は隙が無い。

すっと向けた眼差しは真っ直ぐに、冷たい。


「・・『一応』であるとはいえ・・・僕の助手である彼女を、
 随分と可愛がってくれたようだね。 覚悟はいいかい?」



・・・そういやスイリの戦闘スイッチがまともに入った瞬間、
今初めて見たかもしれない、

そうユラがぼんやりと考えていたことは本人しか知らない。





 
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