創作世界

□白い世界の乱入者
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空から止め処なく、ゆっくりと地に落ちていく雪を眺めながら
首に巻いた藍色のマフラーに口元を埋める。

腰に回したベルトに差した剣は随分と使い古された物。

マフラー越しに吐いた息は白く、冷たい空気に混じって掻き消えていった。

身を包んだクリーム色のコートは先日買ったばかりの新品。
しんしんと降り注ぐ雪はコートにも付着し、一部が白く染まっていた。

髪を掻き分けたエルフ種族特有の耳は冷えで赤みがかっている。

寒い。 冬だ。

それもただの冬じゃない。 雪国の冬だ。

冷気に当てられ冷えた指先を握り、
その後コートのポケットに各々手を突っ込む。

ポケットの中は案外温まっておらず冷たい。
これならば合わせた両手に、息を吐いた方が温まりそうだ。

街中、両脇に高く積まれた雪の間を彼女は1人歩いて行く。

刹那、彼女は目つきは鋭く光り、街の外へと目線を向けた。

地面を蹴り、高く舞い上がった彼女は積もりに積もった雪の山を
平然と飛び越え、街を囲う塀に片脚を掛ける。

数十メートル先、彼女と同じように塀に脚を掛ける姿。

彼女が塀を蹴り、街の外に足を付いたのも束の間、
少し離れた先に居た人物も同じように地に足をついた。

一面真っ白になった地面から雪を踏む音がする。

鞘から剣を引き抜き、互いに睨み合う男女。
瞳に宿る燃え盛るような殺意はどうあっても隠せない。


彼女の名はレイジア・クアンティ
グリフェン帝国軍特殊部隊の数少ない1人だ。

暗殺、潜入、工作なんでもお手の物とする特殊部隊は意外と暇である。
暗殺も潜入も、常日頃頻繁に行われるわけではない。

軍からの呼び出しが掛かるまでは自由であり、
国外を放浪している特殊部隊メンバーは珍しくない。

彼女も例外ではなく、あらゆる街を巡り放浪していたところだった。

藍色のマフラーに埋められた口元は噤んでいた。


雪の地面を蹴り、剣を構えたまま相手へと突っ込む。

ほぼ同時に地を蹴ったか、2人の立っていた地点から
ちょうど真ん中の辺りで金属音が高く響く。

直ぐ様交わった剣を離し、斬りかかるレイジア。
男は守るように剣を構えて隙となった彼女の横腹へ向けて右脚をぶん回した。

すっ飛んできた脚を左腕で受け止め、
蹴りの反動で雪が固まった氷の上を靴裏が滑っていく。

ブーツに盛り上がる削り取られた氷、レイジアはそれに目もくれず、
剣を持ち直し男の元へと走っていった。

度重なる金属音、振り落とされる刃から伝わるの殺意は
微塵も隠されずに互いを突き刺す。


殺さねば。
殺さなきゃ。


彼女と戦う男の名はアヌザ・レシェフと言う。
彼らが武器を交わすようになったのはここ最近の話ではない。

ずっと以前から、何年も前から、 彼らは戦うのを止めない。

胸の奥底から沸々と湧き上がる使命感に似た何か。
「奴を殺さなければ」という情動。

相手の姿、存在を感知したら殺さずには居られない。

なんて難儀な感情だろう。
力量差さえあれば、こんなもの何年も抱えなくて済んだのに。

性別の差があるとは言え、彼らは互角なのだ。

雪空の下に鳴り響く金属音は絶えず、数多の音を弾き出している激戦。
真剣な表情はお互い、殺意の灯った瞳は相手へ。

雪上、 戦闘の最中、アヌザの身体がガクンと崩れ落ちる。
足元を見るに、どうやら雪を踏みすぎたらしい靴裏が滑ったのだろうか。

彼女が、こんなチャンスを逃すはずも無い。

地に屈んだアヌザ目掛けて、レイジアは彼へと剣を振り下ろした
・・・はずだった。


「・・・!」


彼女の目が見開かれる。
剣を振り下ろすはずであるレイジアの腕が止まった。

正確には止まったのではなく、止められたのだった。
それは即ち彼女の意思ではなく。

アヌザでもない、第三者の手がレイジアの腕を捕まえていた。


「っと、あっぶな。 勝手にうちの幹部を殺されちゃぁ困るな」

「!?」
「!!」


割って入る第三者の男声に各々が反応する。

レイジアは掴まれていた腕を振り解き、
彼女の腕を捕まえていた第三者へと目掛けて剣を振り抜いた。

その一閃を声の主は平然と避ける。

一振り後、彼女は動かずに ようやくその人物を視認した。

雪国に溶け込みそうなほどの白い髪、彼女へと向けられた鋭いまでの金眼。
間に割って入るように、アヌザの前に立つ黒いロングコートを羽織った男。

白髪と掻き分けるように、横に伸びたエルフ族の耳と
右頬に描かれた鮮やかな程の赤い印。

彼の手には黒い手袋に付けられているようだった。

レイジアの様子を伺いながら、彼は呆れたように溜息を付く。


「ったく、何こんなとこで油売ってんだよ」
「アイン貴様・・・何しに来た」
「通信切っといてその言い方なんだよ、探しに来てやったっつーのに」


怪訝そうに眉を寄せるアヌザに軽薄そうな態度で返答していく。
彼にアインと呼ばれた男は小さく肩を上げた。

・・・同組織のメンバー?
2人のやり取りを見ながら彼女は微かに眉を寄せる。

邪魔が入った。


「アンタ、何?」
「ん。 コイツの同僚みたいな奴」
「そう。 どいてよ。 私の標的はあんたの後ろに居るアヌザただ1人なの」

「勝手に同僚殺されんのもたまったもんじゃねぇなぁ」
「あんた達組織の事情も都合も聞いていないわ」
「ま、そりゃそーだな」


浅く息を吐き出した後、アインはレイジアの姿をじっと見つめる。
彼女は剣先をアインへと向け、警戒した様子を見せた。


「・・ん・・・まだ『浅い』な」
「?」

「それならこうしようぜ。 5分以内に俺に膝を付かせてみ」


黒い手袋を嵌めた状態で手をひらりと見せるアイン。
冷めた瞳で睨まれている視線にも関わらず、彼は言葉を続ける。


「無論俺はお前に攻撃はしない。 5分以内に俺が膝を付いたらお前の勝ち。
 5分経っても俺が立っていたら俺の勝ち。
 お前が勝ったら組織の用でアヌザ呼びに来たことは無かったことにするし、
 俺はそのまま立ち去る。 どうよ?」

「アイン貴様、」
「下手な糸引きはしねーし、手も出しゃーしねぇよ」


彼の説明に不服そうにアヌザが留めるように声を挟む。

アインはアヌザと目もくれず、レイジアを見つめたまま
背負っていた紺色の剣身を持つ大剣を手に取った。


「お前らの話はなんとなく聞いてる。
 下手にお前が優位にならねーように、時間制限も設けてんじゃん?」
「・・・・」
「っつーか、お前が勝とうとこの女が勝とうと、俺には関係無いしな」


にっ、と食えない笑みを浮かべるアインと言葉を失うアヌザ。

彼の提案から不満そうな表情のレイジアが、
少し思案した表情を浮かべている。


「さ、どーする?」
「・・・・いいわ」


彼女はそう答えた瞬間、アインに向かって剣を振り抜いた。

冬空の下に響き渡る金属音。
アインはなんともないようにそれを大剣で受け止めた。

直ぐ様、顔面へと飛んでくる彼女の蹴りを身体を引いて避ける。

アヌザの前に立っていたままのアインはそれを避けた後、
レイジアから視線を外さないまま場所を少し移動した。

夜空を思わせるような紺色の剣身は銀世界に一際目立った。

彼女の斬りかかる攻撃を、彼は大剣で平然と防ぐ。
金属音は絶えず、帝国特殊部隊に所属する彼女の剣を物ともせず。

彼はそこに立っていた。


「(強い・・・!)」


着々と時間が過ぎていく。

腕や胴体を狙った一閃は尽く大剣で防がれた。
足を狙った一閃は、彼は雪上を平然と飛び退き避けた。

話している最中、浮かべられたはずの食えない笑みは今や見る影もなく、
彼も彼で戦闘に集中しているのか真剣な顔つきだ。

真剣な表情とは言え「必死さ」を感じない辺り、彼はまだ余裕があるのだろう

幾度なく刃が交わり、この数分で何度の金属音が響いたか。

レイジアのある攻撃の瞬間、彼は「ん」と短く呟いた。


「5分経過だな」
「・・! っは、 はぁ、」


アインの言葉にレイジアは剣を下ろし、膝に手を付いて息を繰り返す。

アヌザとの攻防5分よりも、
アインへの攻撃5分の方が明らかに消耗している様子だ。


「これ以上は粘っても、な。 流石に分悪いだろ?
 今日は引いてくんねーかな」


戦闘の最中に一切見せなかった口角釣り上げた笑み。

そう告げられたレイジアは眉を寄せ、アヌザの姿を視界に一瞬収めた。

彼女は小さく舌打ちすると、くるりと踵を返して
どこかへと向かって、白銀の世界を駆け出した。

アヌザは不服そうな表情を浮かべながら、
レイジアが走っていった方向へと見やる。


「・・ま、俺らは一応仕事優先だから?」
「・・・何も言っていないのだが」
「艇待たせてっからいこーぜ。 帰還したら速攻会議な」
「分かってる」


彼らは組織が所有する小型飛空艇に乗り込み、雪国から去っていった。

彼と彼女の殺意は未だ消えない。





白い世界の乱入者



(殺意も難儀なもんだな、お前らも)
(・・情動なんだよ。 ・・・「も」?)
(お前らも)
(貴様には無いのか。 貴様は『北風』も殺しているし・・
 今は『夜桜』だって)

(『北風』は殺意があって殺したんじゃねーんだけど。
 アレは一種の区切りだし、メーゼは殺すにはちったぁ惜しいだろ)
(・・・つくづく貴様という奴は分からん・・・)
(分かんなくていーよ。 ただ、どっちも殺意じゃねぇよ)






一面真っ白な雪で、戦闘の間だけ自分達以外の姿が見えない、
たった2人だけの世界に、白髪の乱入者。 っていう話だった。
サークルコンテストお題「雪」の参加予定作品・・・でした。 過去形


レイジア・クアンティ
  短編で2回だけ執筆した24時間戦争(尚単独)コンビの片割れ。
  少々設定が変わった様子。 帝国の有事に集められる特殊部隊の1人
  種族としては人間のはずだったけどエルフになった。

アヌザ・レシェフ
  24時間戦争(尚単独)コンビの片割れ。 種族は人間からブレないはず
  レイジアほどではないが彼も若干設定が変わった。
  創作世界での彼はアインと同じ組織に所属している。

アイン・フェルツェールング
  紛うこと無くうちの子敵代表。 今作ではアヌザを呼び出しに来た。
  飄々としており笑みを浮かべる彼だが、戦う時だけは笑わない。





 

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