創作世界

□夕闇の夢
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逃げたいと、願っている。


この手に握ったシルバーの刃先は、
ただただ、酷く冷たい印象を抱いた。

この手で添えた自らの首筋は、
血液の流れが鈍くなった感覚を抱いた。

この身体を沈めたはずの冷たい水は、
なんだか虚しい気持ちを抱いた。

こんなにも、 こんなにも、 この世界は歪なのに。
避けられないのに、逃げられないのに、どうしようもないのに。

見下ろす色鮮やかな青い空と、そこを自由に浮遊して流れていく白い雲が
残酷なほどに綺麗だったことが、とても悲しくなった。

嗚呼、アリス、 おお、アリス。

貴女の手にあるその箱は、いつからそのようになってしまったのだ。
貴女の手にあるその箱を、どうしてその中身を捨て去らなかったのだ。

貴女の手にあるその箱に、穴でも空けていればよかったものを。

そうすれば、貴女だって、あなただって、

きっと生きていたのに。



単色、淡いオレンジ色を混ぜ込んだグレーの空。
ばたばたとその場を駆けていく彼女の脚は白く細い。

年端も行かぬその少女は、長い髪を2つに括って。
走る最中、鮮やかなほどの紫色の長髪が揺らめいていく。

逃げ出すには少々動きづらいであろう服を身にまとい、
息せき切りながら、後ろから追う者から逃げるように走っていた。

自分の脚とは思えないくらい、疲れている。
既に随分走った証拠だった。

追いつかれてしまう、 捕まってしまう、

心の奥底から湧いてくる拒絶と恐怖は、
ほとんど棒のようになった脚をいくらでも動かした。

いくら走っても変わらない単色の景色、どれくらい走ったのか、
どこを走っているのかも分からないまま、逃げ惑っている。

来ないで、来ないで。

もう充分よ。

あなた方から追われるのはもう沢山。
だから、そろそろ撒かせて。

来ないで。

来ないでってば!!


誰かの手が私の腕を掴んだ。

誰かの手が私の目を塞いだ。

誰かの指が私の頬に触れる。

誰かの指が私の首に絡みつく。


待って やめて 私は、 私は、



「良い子だから 大人しくしていなさいね」


じっとりとした、声が耳を付く。

その声が誰だったか、分からないでいて。 これは誰の声だっただろう。
聞いたような気はするけれど、誰の声でもないような気もする。

ただ奥底からこみ上げてくるような、
この形容しがたい吐き気は存外気持ちが悪い。

あ、 待って

どうしよう、 このままじゃ、

呑まれ、る







一瞬にして覚醒した意識、開いた視界は自分の部屋、
真っ暗な一室、ベッドの上で私は肩で息を繰り返していた。

寝起き特有の寝ぼけ眼などの様子は少しも見せず、
喉をつまらせるような息苦しさ、繰り返す息は必死げに。

汗ばんだ身体はべっとりとしていて気持ち悪い。

夢であることに安堵するのと同時に、妙に現実感あったその夢は
自分が思うよりも体力を奪い、身体を疲弊させていた。

いつもより明らかに早い頻度で鳴り打つ心拍数、
大きく息を吐き出して、自分の身体に掛けていた布団を捲った。

汗ばんで熱のこもっていた身体に、ひんやりとした空気が入り込む。
急速に体温が奪われていく感覚が気持ちよかった。

さめていく、

・・・夢だった。

早く鳴る心拍数を落ち着かせるように一息付いて、
ゆっくりと瞼を閉じて枕に顔を沈ませる。


おやすみ、アリス。

言い聞かせるように、胸の内で唱えた言葉は
私の何が、私の何に向けたものだっただろう。

重くなってくる瞼に身を委ねて。
『わたし』は眠りについた。





夕闇の夢



(射し込むような太陽なんて無かった)
(照らすような夕陽なんて存在しなかった)

(一定の暗闇は私を覆っている)


(おやすみ、アリス)
(夢でくらい、夢を見せてほしいね)






お題サークルにて、睡蓮様よりタイトル拝借しました('ω')
オチから書き始めて、冒頭を最後に書きました。 順序。


アリス・ルテアートル
  しれっと登場2作目。 掘り下げたいなぁと思ってる子でもある。
  詳細がぼんやりとしか決まってない。 女の子、未成年、160cm以下
  細かい話はまたいつかできたらいいなぁ





 

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