創作世界

□微睡む蒼穹と記憶
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美しいまでの青空だった。

空を飛行する旅団所有の飛空艇から、甲板に出て空を見上げた。
雲もほとんどなく快晴、良い天気以外の何物でもないと言わんばかりの空。

高く昇った太陽は屋根の無い甲板を真上から照らしており、
甲板に出た彼は大きく背伸びをして幸せそうに笑みを浮かべた。

風当たりに来たのか、甲板には幾人かの影がちらほらと伺える。

彼は少し辺りを見渡し、右手にあった飛空艇の縁へと向かった。
真っ白な雲がいろんな場所を浮遊している。

飛空艇の下には森や草原等が広がっており、
現在地が分からないまでも、目的地はそう遠くないのではと予想できる。


「機嫌よさそーね、お兄さん」


はた、と隣から聞こえてきた女性の声に彼は顔を上げた。
肩に付くか付かないかほどのプラチナブロンドの髪を揺らした若い女性だ。

陽気そうな笑みと、日射しすら反射しそうな紫色の瞳は
さながらアメジストのようだった。

動きやすそうな軽装に、両腰に携えられた剣が1本ずつ。
恐らく彼女も旅団員や傭兵の類だろう。

見知らぬ女性、ではあったが 旅団所有の飛空艇に乗艇して、
見知らぬ人物に声を掛けられることはそう珍しいことではない。

彼は笑いながら頬を掻き、「分かります?」と答えた。


「何年かぶりに故郷に帰ろうと思って」
「へぇ、じゃぁ里帰りね。 故郷はどこ?」
「アニティナなんです」

「あら珍しい、私も故郷はアニティナなんだよ」
「あっ、凄い 同郷って奴ですね!?」







飛空艇が目的地へ着くまでの間、2人は互いの自己紹介を行った。

彼女はエルフリーデと名乗った。
彼はその名に思い辺りがあったので思わず口を開いた。 本人だった。

エルフリーデと言えば『双重』との異名がつくほどの剣の腕を持ち主だ。
彼女は笑いながら「そんな大した者じゃないんだけどね」と笑みを見せる。

こんな若い彼女が噂の『双重』か。 侮れない。

それに対し彼も名乗った。 自分はソブラス・ヘリッヌだと。
特戦科を卒業した後は故郷を離れてしばらく一人暮らしをしていたと。

数年ほど前に旅団に属してからは気ままに活動してると。


「やー、でも旅団入ってから同郷の人に会うの初めてかも」
「各国各街から旅団参加してるものね。
 旅団員とかほんと数え切れないほど居るし・・同国でも珍しくない?」
「ほんとだよ。 だから今ソブラスとの親近感凄いからね」
「あははっ」


そんな話をしている最中、飛空艇に機械的な音が響いた。
その直後にまもなくアニティナに着くとの女性の声。

艇内放送だ。 放送に2人はほぼ同時に顔を上げる。


「あ、俺アニティナで降りるから」
「うん。 私まだ乗艇だしここまでだね」

「お話ありがと! まさか『双重』に会えるとは思ってなかったし
 同郷だとは思ってなかったから旅道楽しかったよ」
「はは、こちらこそありがと。 またどっかで会えたらいいねぇ」
「難易度高すぎるけどね!」
「あっはは! またね!」


笑いながら甲板に留まり、手を振るエルフリーデに
ソブラスも笑いながら手を振り、飛空艇内に入った。

艇内を少々歩き、乗艇時に貸し出された一室に入る。

ベッド脇に大小の荷物が2つほど。
そろそろ降りるからと自身がまとめていた荷物だった。

到着時は揺れるからとの放送の仰せもあり、ソブラスは腰を下ろした
ベッドに座ったまま、一室に設置された窓を眺める。

飛空艇はゆっくり下降しているようで、白い雲は上へと流れて行く。
青空の景色から、山の景色へ、またしばらくすると街並みが映り始めた。

微かに、着陸時特有の鈍い音が響く。
揺れた飛空艇のように、彼も上半身が多少揺れる。

「アニティナに到着しました」という女声に、ソブラスはベッドから下り
少々大きな荷物を肩に下げ、それほど大きくない荷物を手に提げた。

扉脇に差し込んだままのロックカードを引いて、彼は部屋を出た。


戦神の街アニティナ。

この街が何故戦神の街なのかと問われれば、話は世界異変まで遡る。

ピリヴォート歴1063年、今でこそこの世界は、魔物が居て、
魔術が使える者が居て、戦うことがある程度「普通」である。

が、それは今の話。 ピリヴォート歴より前に当たる、
ペソアス歴では戦闘も魔物も魔術も存在しなかった。

世界異変はその頃の話に当たる。

人間しか存在しなかったこの世界に、突如として魔物が溢れ出したのだ。
紛うことなく異変だ。 戦闘と無縁であった人間達はそれに為す術もない。

それと同時に、人間と魔物以外の種族もこの世界にやってきた。

魔物で溢れ混沌とした世界で、他種族による魔物狩りが行われた。
その魔物狩りに一役も二役も買ったのが、戦神であったと言う。

世の魔物騒動が落ち着いた頃、戦神はこの地で眠りに付いた。
戦神が眠った街がここ、アニティナなのだと言う。

街の名も戦神の名から文字ったものだそうし、
この街のシンボルとも呼べる大きな闘技場と、
毎年行われる闘技大会は戦神の功績に対する感謝から来た風習なのだろう。


石畳の通路に足をつき、彼はアニティナの街を見上げた。
数年ぶりだ。 何年ぶりだろう。 ・・・10年は行ってないな。

彼は一瞬、ふんと鼻息を荒げ、アニティナの西門側へと向かった。

辺りを見渡しながら、道行く人を眺めながら、
西門側で行われていた出店を見ていく。

活気づいた威勢の良い声も懐かしいように感じた。

特別や衝動的と言うほどの購入したい物も見つからず、
彼の出店巡りはそこで一旦終えた。

彼の両親が既に亡くなっていた分、帰れる家はこの街に存在していないが、
生まれ育った家の周辺くらいは見ていこうと、西門とは反対側へと向かった。

大通り、懐かしい店から改装された店。
不在の間に新しく建てられた店などを横目に、人気が少ない通りに入った。

活気のある大通りから少し外れば一般住宅が増えてくる。
辺りを見渡しながら懐かしいなぁと思いながら彼は歩く。

元実家を目指して歩くこと数分、彼は一瞬足を止めた。


「・・・?」


彼が足を止めた原因は、違和感だった。

少し眉を潜めながら、再度彼は歩き出す。

・・・違和感くらいはあるだろう、
何年アニティナから離れていたかも分からないのだ。

住宅も改築したのかもしれないし、道が整備されたのかもしれない。

あぁ、ほらね。 やっぱり俺が居た時よりも綺麗だし・・
あ、でもこの辺の傷は残ったままだな。

住宅街を歩き進んでいくソブラス。
人気はほとんど無く、結構入り組んだ道に入ってるようだった。

・・・ただ、彼の足は重くなっていく。

心の中にあった、誤魔化していた違和感が 明確になっていく。


「・・・・」


とうとう彼は足を止めた。

緊張・・・いや、動揺だろうか。
ごくり、と息を呑む音が住宅街の静寂に響く。

ソブラスの瞳が揺らいだ。

あれほどまでに美しかった青空が、心なしか歪んで見えるのは何故だろう。

重い荷物を肩に下げたまま、彼は呆然と其処に立っていた。

何か言いかけて噤まれる唇、最終的に彼が零したのは、
絞り出したような切実な一言だった。


「・・可笑しいじゃないか・・・!!」


自分が知っている景色が、見る影も無く、存在しなかっただなんて。





 
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